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作戦通り、というか、ほぼ更紗の自爆で家を出ることに成功した。
帰るなり、山口の後輩と良い感じになっていると興奮気味に報告してきて、それを聞いた母親が激怒。
お兄ちゃんが友達多くていっぱい声かけられたから……と俺を言い訳に使ってくれたおかげで、すんなり家を出ることができた――母親の怒りの矛先は更紗に向いていたので、俺がどこへ行こうがどうでも良かったのだと思う。
少し急いで、あきの家へ。
早く着きすぎてもマンションの前でウロついていたら不審者になってしまうし、時間を調整すべく、コンビニで立ち読みをする。
あきからメッセージが来た。
[帰りました。いまどこ?]
[駅前のコンビニ]
[お待ちしてます]
ちょっと買って、あきの家へ。
インターホンを押すと、部屋着のあきが出迎えてくれた。
さっきよりは少し顔色が良いような。
「大丈夫?」
「うん、ちょっと良くなった。どうしたんだろうね、人酔いかな。あはは」
「今週働きすぎたんじゃないの?」
「それもあるかも。心配かけてごめんね」
部屋に上がり、コンビニ袋を渡す。
「かぼちゃプリン」
「え? ありがとう」
あきの好物がかぼちゃプリンだというのは、プロフィールを見て初めて知った。
ソファに腰かけ、顔をのぞき込む。
「三船先生のあだ名、秋人くんなんだ」
「あきって呼んでるの、深澄だけだよ」
「消防車になりたかったの?」
「そう、車の方になりたかった。はしごが伸びるとかっこいいかなって」
「サプライズのプレゼント、うれしかったんだ」
「とっても」
「恋人いるんですね」
「秘密にする意味がなくなっちゃったから」
「6年連続1位の感想は?」
「恥ずかしいよ」
「得票数知ってる?」
「知らない」
「388票」
「恐縮です」
じわじわ面白くなってきてしまったので、そっとキスした。
「いっこ意地悪な質問していい?」
「ん? どうぞ」
「どうして去年までは、恋人いるか秘密だったの?」
あきは、一瞬フリーズしてから、苦笑いした。
「いないって書いたらちょっと面倒になりそうだなって思ったし、かと言って、いるって書くのは教員として不適切かなあと思って、内緒って言ってたんだ」
「ほんとは?」
「いたときもあるしいないときもあるし。ねえ、僕、深澄が思ってるほど交際経験ないと思うよ?」
なんだか慌てているので、さらに面白くなった。
「なんで今年はいますって書いたの? バラしちゃってるから?」
「そう。もう秘密にしてないし」
「あれでまた、三船先生大好き勢が減るといいなあ」
「どうだろうね?」
あきは、俺の頬を包んで笑った。
「深澄、一緒にいたのって」
「あっ!」
更紗のことを説明するの忘れていた。
思わず大声が出てしまって、ますます怪しい感じになったような。
言い訳しようと焦っていると、あきはニッコリとして言った。
「更紗ちゃんでしょ? 可愛いね。深澄とよく似てる」
「……へ?」
素っ頓狂 な声が出てしまった。
「似てる? 更紗が?」
「うん。目の感じとか、全体的に、雰囲気も」
「生まれて初めて言われたんだけど」
「そうなの? 一目見て、似てるなあって思ったし、仲良しでいいなって思った」
驚きすぎて、それ以上言葉が出てこなかった。
あきは、何か変なこと言った? とでも言いたげに、小首をかしげている。
「……俺、絶対勘違いされたと思った」
「何を?」
「妹、似てないしか言われたことないから。そのくせあいつすごい絡んでくるんだよ。あき、嫌な気分になってたらどうしよって」
「あはは、ないない。どう見てもお兄ちゃんと妹だったもの。本当、仲良いんだね」
すると突然、あきがぽすっと、頭を肩に乗っけてきた。
「疲れちゃった」
おでこに手を当てると、少し熱い気がする。
「あき、熱あるんじゃない?」
嫌がるあきを説得して熱を計ったら、37.5℃あった。
「顔色が良くなったんじゃなくて、熱が上がってたんじゃん」
「面目ない。受験生さんにうつしちゃうと悪いから、きょうはこれで。顔見られてうれしかった。ありがとね」
そう言って部屋から追い出そうとするあきに、ぎゅーっと抱きついた。
無理矢理ソファに座り直す。
「もうちょっと居たい」
「だめだよ」
「風邪じゃなくて知恵熱でしょきっと。咳もしてないし鼻も大丈夫。うつらない。だからもうちょっとだけ横に居させて。ちょっとだけ。あきは寝てていいから」
病人にわがままを言うのはバカの極みだなと思ったけど、あきは俺の手を取って、甲を頬にくっつけた。
「冷たくて気持ちいい」
目を閉じて、するっと顔をすりつけてくる。
子犬みたいだな、と思った。
「ね、キスしていい? さっきしちゃったけど」
「うつしたらやだなあ」
「俺、風邪って3年に1回くらいしか引かないから大丈夫」
あきの顔を両手で固定して、口の中に舌を割り入れた。
「ん……」
あきは目を閉じて、俺にされるがままになってくれている。
顔を離すと、うっとりとしていた。
「ごめん、わがまま聞いてくれてありがと。もう帰るけど、もし何か買ってきて欲しいものとかあったら駅前で買ってまた戻……」
立ち上がろうとした腕をぐいっとひっぱられた。
「わ」
手を引いた反動でゴロンと転がったあきに、おおいかぶさる形になる。
「深澄、ずるいよ。一緒に居たいって言ったり、急に帰るって言ったり」
「ちょっと居たかっただけだから。もう大丈夫」
「僕が大丈夫じゃない」
ちょっと赤い顔ですねられたら、可愛くてキュンとしてしまう。
男のくせにバカかと思いながら。
「ご家族になんて言ってきたの?」
「友達と打ち上げ」
「まだ18:30だよ? 喧嘩別れでもしてきたのかと思われちゃうんじゃない?」
「あのさ」
ちょっとうつむく。
「本当にイケメンランキング1位の憧れの先生なの?」
「え? 何が?」
「なんで俺と付き合ってるの?」
「そんなの、深澄が好きだからに決まってるでしょ」
「なんで俺なんか?」
「可愛いから。うそ。まっすぐだから」
俺は、あきのおでこに自分のおでこをくっつけた。
やっぱりちょっと熱い。
なのに、体温を感じると、愛しくてたまらなくなった。
「俺、あきのこと大事にできるか分かんないよ。友達のカップルとか見てて、一生大事にするとかさらっと言っててさ。大好きだし大事にしたいけど、どうやったらあきが俺と居て幸せになるのか、あんまイメージ湧かない」
あきは、俺の首の後ろにそっと手を回した。
「幸せのかたちなんて、ひとそれぞれだもの。比べることもないし、僕はいま、これで幸せだから十分。大事にされてる感じもしてるし、僕も精一杯大事にしてるつもり」
「うん。そっか」
あきは眉尻を下げて笑って、こう言った。
「うつしちゃったらごめん。でも、うつしちゃうようなことしてもいい?」
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