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しばらくふたりともぐったりして、でも、俺はぐったりしてる場合じゃないぞと気づき、無理やり起き上がった。
あきはまだ息を切らしていて、どう見ても熱が上がっている。
とりあえず布団をかぶせて、キッチンへ。
ミネラルウォーターを注いだコップを持っていくと、あきは手の甲をおでこに当てて、ふーっと息を吐いていた。
「大丈夫? 熱い? とりあえずお水飲んで」
「ん、ありがと……」
のそっと起き上がり、水を口に含む。目の焦点が合っていなさそう。
「ごめん、やっぱり帰ればよかっ……」
キスで口をふさがれた。
「後悔した? セックスしたの」
そんな聞き方はずるい。
口をきゅっと引きしめて、ふるふると首を横に振る。
「あきのことが心配になっただけ」
あきは俺の頭に手を伸ばし、いいこいいことなでた。
「月曜は代休だし、2日休んだら元気になるよ。心配してくれてありがとう」
ちょっと申し訳なく思いつつ、やっぱり、ただ頭をなでられていることにうれしさを感じていた。
このひとのことが、本当に好きだなと思う。
「妹がね、あきのプロフィールのやつ、見たんだよね」
「そうなの?」
「うん。で、そのあとあきご本人も登場しちゃったし」
不安に思っていることを切り出したのだけど、あきは、ぽやんとしたまま小首をかしげていた。
熱があって、頭が回っていないのかも知れない。
それでも、また後日もう1回話すことになってもいいやと思いながら、考えていることを話した。
「これで更紗には、あきが先生だってバレちゃった。もし卒業しても、うちの家族には嘘つき続けなくなっちゃったかも。ごめんね」
「どうして?」
「男同士ってだけでもよく思われないのに、元教師と生徒でしたってことがバレちゃったら絶対許してくんないもん」
「深澄、何言ってるの?」
あきは、ぽかんとしている。
「だから、更紗に見られちゃったから……」
説明しようとしたら、あきが、あははと笑い出した。
「どのみち卒業アルバムに載るじゃない、僕の写真」
「あ……!」
「更紗ちゃんどころか、ご親戚まで見るんじゃない?」
想像して、一気に頭が痛くなった。
卒業祝いに田舎に行って、アルバムを見せて、親戚のおばちゃんやらお姉ちゃんやらが『誰だこのイケメンは』って騒ぎ出して、更紗が自慢げに先生だと言い、独身なのかと俺を問い詰め、苦しい言い訳をしながら話を終わらせようとして……。
「どのみち最初っから顔は割れる運命だったってこと?」
「そうそう。でも、いいじゃない。どこの誰だか分からないより、身元がはっきりしてる方が。その方がご両親も安心するかもよ?」
「ぜっっったいしない。あきのこと教育委員会から裁判所に訴えそう」
うちの母親の過干渉ぶりを知らないから、そんなことが言えるんだ。
いかにモンスターかを説明しようと身を乗り出すと、あきは、いたずらっぽく笑って、人差し指を俺の口に押し付けた。
「深澄をここまで育ててくれたひとたちだもの。同じように大事にしますって一生懸命伝えれば、きっと分かってくれると思う。でも僕はズルい大人だから、深澄とお付き合いしたのは卒業後の同窓会がきっかけってことにしちゃう。というわけで、申し訳ないんだけど、がんばって同窓会企画して?」
そんな先のことまで考えてくれていたのかと思ったら、うれしくて泣きそうになった。
「泣きそう。なんでだろ」
「なんでって、深澄は泣き虫じゃない」
「そんなことないよ」
「僕が初めて見た深澄は、泣いてたんだけど」
思い出して、かーっと耳が熱くなる。
「あー。でもやっぱり、いきなりご両親にお会いするのは緊張するなあ。まずは更紗ちゃんとお話ししたいかな」
「絶対うるさいけど、それでも良ければ」
「楽しみにしてる」
似てないと言われ続けた妹を『よく似てる』と言い切ったあきは、もしかしたらもしかしたら、俺の家族に溶け込んでくれるかも知れない。
赤い顔をしたまま再び布団に潜り込んだあきは、ちょこんと顔を出し、ニコニコしてこう言った。
「深澄の成人式が済んだら、なんてどう?」
「うん、いいかも」
もし神様が本当にいるなら、二十歳 の俺が、大切なこのひとに人生を捧げられるような勇気が欲しいな、と思った。
<7章 妹 終>
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