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 お風呂の中、あきは大変微妙な顔で、苦笑いしていた。 「僕、優しかった?」 「優しかった……ような……」 「ごめんね、あはは」  バックハグでぎゅーっと抱きしめられる。 「受験終わるまで、もうこんなにゆっくりできないかも」  ぽつりとつぶやくと、あきは穏やかな声で「そうだね」と同意した。 「あーあ、あきが大好きすぎる」 「何、突然。僕も深澄大好きだけど」  クスクスと笑う。 「2月まで我慢、できるかなあ」 「がんばって。応援してる。でも、深澄が会いたくなったらおいで。少しなら、ね?」  そっとささやかれると、耳が熱くなった――どうして、あきの優しい声はこんなにドキドキさせるんだろう。 「あきは寂しくない? 俺とあんまり会えなくなるの」 「え? それは寂しいよ。本当なら毎日くっついていたいくらいだもの」  さらりと言われて、すごく照れてしまった。  二の句が継げないでいると、あきはまた、ぎゅーっとしてくれた。 「何ヶ月か寂しい思いをするけど、その何ヶ月かを頑張れば、その後おじいちゃんになるまでの何十年もの人生が変わるよ。待ってるから、ね?」 「うん」  キスして欲しくてくるりと向きを変えると、何も言わなくても、くちびるに優しくキスしてくれた。  あきも待ってくれているし、俺は自分のやるべきことに集中して頑張ろうと思う。  そして、進路を見つめ直すために、ひとつだけチャレンジしてみようと決意した。  その日の晩、俺は母親に切り出した。 「母さん、お願いがあります」 「何?」  洗濯を畳む手を止めて、こちらを見た。  俺の表情を見て本気度を悟ったのか、ダイニングテーブルに座った。  俺もその向かいに座る。 「公民のエクステンション授業を増やしてください」 「え? 公民? いまさら選択科目変えるの?」 「違う、ただ勉強したいだけ」 「何言ってるの。本番の試験勉強の時間が減るだけじゃない」 「絶対やるから」 「余計な授業を増やして落ちるんじゃ本末転倒よ」 「ちゃんとやる」 「推薦狙いの小論文、結局やめたじゃない。いくらかけたと思ってるの」 「それはごめんなさい」 「だめ、やらせません」 「お願いしますっ」  頭が机につくくらい、深々と下げた。  その姿勢のまま、絞り出すような声で言う。 「理由だけ聞いてください」  母親は、はーっと長いため息をついて、「何なの?」と言った。 「俺、政治学科志望だけど、本当にそれでいいのか分かんなくて。資格が取れる経済学科の方がいいんじゃないかとか。願書にどちらを書くかの違いだけで人生変わっちゃうと思ったら、少し怖くなった。だから、本当に政治でいいのか、もうちょっとちゃんと公民がやりたい……です」 「だから、お母さんは最初から経済の方が良いって言ってたじゃない。そんな無駄なことはしないで、経済に変えたら?」 「勉強したいのは政治なんです」 「じゃあそれでいいじゃない。何なの?」  母親は明らかにイラついていた。  お金を出す立場なのだから、息子が急にこんなわがままを言い出したら、それは怒るだろうと思う。  そのせいで落ちたら本末転倒だと言うのも、ド正論だ。  でも、ただ機械的に勉強して大学に合格するだけじゃなくて、その先に俺の学生生活とか、就職のこととか、色々なことがあるのを理解して欲しい。 「ただ受かればいいってわけじゃないことに気づいた」 「はあ」 「ちゃんと納得できるところで勉強したい。母さんから見たら、どっちにせよ卒業するのは政経学部で変わらないかも知れないけど、俺からしたら、4年間どんな勉強をするのか、どんな環境でどんなひとたちと過ごすことになるのかが、まるっきり変わっちゃう。あっちにしておけば良かったとか、絶対思いたくない」 「どんな違いかなんて、大学のホームページ見るか予備校の先生に聞けば分かるでしょ」 「……ッ、俺の話聞いてた!?」  たぶん初めて、親に向かって怒鳴り声なんて上げたと思う。  テーブルを叩いた音で、母親が目をまん丸くしていた。  階段からバタバタと音が聞こえてきて、たぶん更紗が降りてきたけど、リビングには入ってこない。 「お金出してもらう立場なのは分かってるけど! でもほんとに、俺の気持ちもうちょっと考えてくれたっていいじゃん!」 「深澄、いい加減にしなさい!」 「人生かかってんの! ただテストの点取るだけじゃないの! そんくらい分かってよ!」  玄関の鍵が回る音がした。廊下をバタバタと駆ける足音が聞こえて、更紗がわめく声と、父親が受け答えする声が聞こえる。 「その無駄な授業のせいで落ちたら人生台無しなのよ!」 「だからちゃんとやるって言ってんじゃん!」 「本でも買って休み時間に読めばいいでしょ!」 「それじゃ意味ないんだって!」  もう1度テーブルを叩いたところで、父親が割り込んできた。 「ふたりとも黙れ!」

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