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俺はどちらかというと、お正月0:00ぴったりにメッセージを送るひとを、冷ややかに見ているタイプの人間だと自覚していた。
けど。
[あけましておめでとう。今年もよろしく]
スマホの時計が0:00になった瞬間に、こう送った。
それはお祭り的な気分とかではなくて、1秒でも早く、今年もよろしくと言いたかったからだ。
心の底から、今年も仲良くして欲しい。
ややあって、返信が来た。
[あけましておめでとう。今年も、いろいろなところにでかけたりしようね]
舞い上がるほどうれしい。それに、朝になったら会える。
ふたりでゆっくり過ごすのは、1ヶ月ぶりくらいだから、早く会いたくて仕方ない。
あしたは、朝イチで待ち合わせて、電車で1時間半ほどの大きな八幡宮に行くことになっている。
待ち合わせをどうするとか、少しそのやりとりをして、早々に寝た。
3路線が乗り入れる大きな駅で、改札前の柱にもたれて、ひとの往来を見ながら待っていた。
振袖姿の若い女のひとがけっこういて、お正月だなって感じがすると同時に、きっとみんな行き先が一緒なんだろうと想像すると、かなりの混雑だろうなと思った。
「深澄」
呼ばれた方向に振り向くと、全体的にもこもこなあきがいた。
「あけましておめでとう」
呼ばれてうれしくて、公共の場だということも忘れて飛びついてしまう。
「おっとっと」
支えられた腕をするりと抜けて胴体にむぎゅっと抱きつき、もこもこのボアジャケットに頬ずりしたまま、上目遣いで笑った。
「あけましておめでとう」
あきは、眉尻を下げて笑って頭をなでる。
「久しぶり。何度か夢に出てきちゃうくらい会いたかった」
そういうことをさらっと言うから、ますます好きになってしまう。
電車の中では、混雑のどさくさにまぎれて、いつもの3割増しでベタベタしていた。
俺は、風邪をもらいたくないのと誰かに会わないようにマスクをしていて、あきは俺があげたスヌードで口元を覆っている。
だからいいやと思って、飼い主が3日ぶりに帰ってきた犬みたいに、喜び爆発でぎゅうぎゅう抱きついた。
「深澄、きょうはずいぶん甘えたさんだね」
「だって、あきが足りなかった」
手が触れたので、そのまま指を絡めてみた。
あきもまんざらでもなさそうなので、そのままぎゅっと繋いでみる。
「着いたらどうしようか。列に並び始めちゃうと1時間くらい出られないみたいだから、先に何か食べる?」
「お参りしてからゆっくり食べたいかも」
ふと横を見ると、女の子のグループが俺たちを見てひそひそ話していた。
さすがに、ここまでくっつくと、そういう風に見えるのか。
そして、そういう風に見えたらその反応になるんだな、と思った。
俺の幼さとあきの慎重さのおかげで、いままで1度も、こんな感じに奇異の目で見られたことがなかったから……客観的に見るとそうなのかという、少しの悲しさと、どこか達観した気持ちがあった。
「うわあ。ほんとにすごい人出だね」
あきが、黒山の人だかりを見ながら、感心したようなのんきな声を上げた。
改札を出た瞬間から詰まっている。神社の入り口まで500メートルはあるはずなのに。
SNSの投稿でどんな様子なのかを見てみたら、参拝の列と出店で買い食いするひとたちがぐちゃぐちゃで、カオスらしい――そしてこれは、毎年のことだそうだ。
「おしくらまんじゅうみたいで、あったかそう」
あきのぽわっとした感想に、笑ってしまう。
「俺やだよ、他人があきにおしくらまんじゅうみたいにくっついてきたら」
「じゃあ、可愛くてかっこいい深澄くんに守ってもらわないとかな」
手を繋がれた。びっくりして、あきの顔を見上げる。
「え? いいの?」
あきはちょこっと首をかしげて笑った。
「僕の今年のお願いごとは、深澄の合格と、僕らが円満に過ごせますようにっていうことの2つだから。神様に、仲良しだってところを見ていただかないと、願い叶えてもらえないかもしれないでしょ?」
あきは、俺の手をぎゅっと握り直して、そのまま列に突撃していく。
「わ、わっ」
つんのめりながら握り返したら、ドキドキしすぎてどうにかなってしまいそうだった。
長い長い列を、1時間ほどジリジリと進み、ようやく順番が来た。
見上げたら口が開いてしまうほど、大きな拝殿。鈴の綱は両手で握っても余るくらい太い。
そして何より、いまだかつて見たことがないくらい大きなお賽銭 箱。
横一列に10人くらいは並べる幅で、熱心に手を合わせるひとのすきまから、最上段まで上がることをあきらめたひとが小銭を投げ入れている。
ど真ん中の鈴の前に来られたことは、奇跡だった。
「ラッキーだね」
「深澄がいつも頑張ってるの、神様がご存知なのかも」
財布の中をひっくり返して、ありったけの小銭を入れた。
ふたりで綱を持って、ガラガラと鳴らす。
二礼二拍手一礼。パンパンと鳴らして頭を下げる。
――大学合格。あきとのことがバレずに無事卒業。あきの交通安全と健康と仕事がうまくいくようにと、あと俺たちが仲良く幸せに過ごせて、大学生活も充実して……
欲張って何個もお願いして顔を上げると、あきが神妙な顔でこちらを見ていた。
「不安?」
「……ちょっと」
作り笑いをしてみたら、あきは眉根を寄せて笑った。
「大丈夫だよ。僕も君のことたくさんお願いしたから」
さりげなく肩を抱かれて、そのまま石段を降りていった――他人の目なんか気にならないくらい、いまはあきの優しさだけが欲しかった。
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