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くたっとした俺を、あきが優しい顔で見ていた。
そして頭をそっとなでる。
「ごめんね。ほんとはリクエストにお応えして抱き潰してあげたいんだけど、そんなことしたらあしたの予備校が大変なことになっちゃうから。映画ごっこはおしまいです」
肩をすくめて笑ったあと、俺に布団をかぶせ、隣にもぐり込んできた。
「でも、夜までゆっくり時間をかけてしたいなあ。どう?」
「夜までって、何時間もあるよ?」
「なにも、イクことが全てじゃないから。こうして裸で触れ合ってるのもセックスだと、僕は思うんだけど」
なんだか、その発言にすごく愛を感じて、このひとに好きになってもらえたことが、本当に幸せだと思った。
「ん。する。そのまま寝落ちしたい」
「それは良い案だね」
あきは、おでこにキスしながら、俺の腰をさする。
「痛くない? 乱暴にしちゃった」
「大丈夫。あれ、映画ごっこだったの?」
「そういうことにしておいて」
照れるあきを見て、このギャップは反則だよなと思う。
あきのさらさらの髪に手を差し込んで、耳の形を確かめて、綺麗な首筋をそーっとなぞって、胸のあたりに手のひらを添えた。
心音を感じて、何とも言えない安心感に包まれる。
「あきは受験前、どのくらい勉強してた?」
「んー、どのくらいだろ。急に文転したから歴史が全然間に合わなくて、でも絶対に浪人なんてできないから、寝てるときとトイレ以外は、ずーっと暗記カードを手放さなかったかな。お風呂でもずーっとぶつぶつ。だから、何時間勉強したとかは分かんない」
俺が何か言うのを、優しい目のまま、黙って待ってくれている。
俺は、ちょびっとため息をついてから言った。
「俺、休むのが怖くて」
「怖い?」
「うん。たとえば、休憩にアイス食べよっかなって思ったときに、ふと思うんだ。試験中に分からない問題にぶつかって、『あのアイス食べてるときやっておけばよかった』って後悔したらどうしようって。それがすごく怖い」
あきは、「そっか」と言って、抱きしめてくれた。
「大丈夫。深澄が勉強してきた膨大な時間の中で考えたら、アイスを食べる5分なんて、塵 みたいなものだよ」
「塵……」
「そう、大したことじゃない。それに、少し休んだ方が、脳が物事を覚える余裕も生まれるしね。ずっと詰め込みっぱなしじゃ、漏れたり忘れたりすることもあるから」
そしてあきは、少し恥ずかしそうに言った。
「もし気晴らしになるなら、その塵みたいな時間に、僕にメッセージでも送って欲しいな。あっ、もちろん、集中力切れちゃうならそんなことしなくていいんだけど」
少し慌てて付け加えるあきが、10も年上なのに、可愛く見えてしまった。
「イかないセックスしたい」
「うん」
上半身を、優しい手つきでなで回される。
俺はあきの首筋にくちびるを寄せて、喉仏や鎖骨のところまで、何度もキスした。
「あき、大好き。恋人としても好きだし、先生としても尊敬してる」
「ありがとう。うれしいな」
足を絡めながら、深いキスをする。
きょうが終わったらまたしばらく会えないのだと思ったら、1分1秒でも惜しいし、なるべくあきの感触を覚えていたいと思った。
俺が情熱的に求めると、あきもちゃんと応えてくれて、お互いの髪や肌をむさぼるように抱き合った。
「俺、無理だと思う」
「何が?」
「触り合うだけで夜まで。そんな風にじらすみたいに触れられたら、期待しちゃう」
「欲しくなったらしていいよ」
「もう欲しいよ、めちゃくちゃ」
欲しくなったら繋がる。疲れたら、別にイかなくても、そのままやめてまた抱き合う。
火がついたらねだる。欲しいと言われたらあげる。
達するまでしたり、繋がったままちょっとおしゃべりしたり、たまに少し意地悪くされて興奮したり。
そんな感じで、濃密な時間が過ぎていった。
まもなく日付が変わろうというところ。
「深澄、もう眠たいでしょ」
「うん……さすがに」
人混みを歩き回って、何度も抱かれて、体力ゲージは残り1という感じ。
「寝落ちしたいって言ってたね。背中トントンしようか?」
あきはクスッと笑って言ったけど、本当にそうして欲しくなった。
「うん。頭なでて、トントンして欲しいな。ちっちゃい子供みたいに」
「そう。じゃあ、パジャマ着て寝よっか」
ホテルの備え付けのパジャマは、するっとした肌触りのワンピースタイプ。
あきがひとつひとつボタンをしめてくれて、本当に、子供になった気分だ。
布団に潜り込み、あきの鎖骨のあたりに顔をくっつける。
あったかくて、それだけで、ふわっとした眠気に誘われる。
「おやすみ、深澄」
「うん、おやすみ。きょうはいっぱいありがとう」
肩甲骨の下くらい。トン、トン、とゆっくり叩いてもらって、そのリズムに身を委ねるうちに、眠りに落ちた。
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