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 2月8日 10:05。  重田からひとこと、メッセージが来た。 [受かった!]  きょうは、重田の第1志望の合格発表だった。  時間的に、ネットで合否発表を見て、すぐに送ってきたのだろう。  予備校で自習中だったので、すぐにこう返信をした。 [おめでとう! 電話していい?]  すぐにOKという返信が来たので、自習室を出て、自販機などがあるちょっとした休憩スペースに移動し、電話をかけた。 「もしもし」 『なーるせええええ! 受かったあ!』 「おめでとう!」  当たり前だけど、すごい喜びようだ。 『あー……ほんと、良かった……』  叫んでいたと思いきや、今度は脱力している。思わず笑ってしまった。 「咲良ちゃんは? 喜んでたでしょ」 『いや、咲良にはまだ。っていうか、成瀬に1番に報告したくて』 「えっ」  びっくりしていると、重田はへへへと笑った。 『成瀬がめちゃくちゃ勉強してるの見て、俺も頑張ろうって思ってたからさ。成瀬のおかげだと思ってる。ありがとな』 「いやいやいや、俺何もしてない」 『ほんと、まじめな話、成瀬のおかげなんだって』  なんだか、じーんとしてしまった。  友達の合格もうれしいし、同じ予備校で学んだ戦友みたいな意味でも誇らしいし、俺をモチベーションしてくれていたなんて、考えもしなかったから。 『別に受かったから余裕発言とかじゃなくて……マジで、頑張れよ』 「うん。ありがとう」  俺の試験が終わったらゲーム三昧しようということで約束をし、電話を切った。  本番まで、あと7日。  緊張しないと言えば嘘になるけど、少しずつ明らかになっていく友達の合否には、案外心を乱されたりしない。  焦りもないし、プレッシャーもなく。  試験前日まで、いつも通りに勉強して過ごすだけ。  2月に入ってから、3年生は自由登校になったので、俺はずっと予備校にカンヅメで、あきの姿を1週間以上見ていない。  メッセージのやり取りはちょこっとするけど、電話は会いたくなったり集中できなくなる気がするので、それもやめている。  勉強して新しい知識を蓄えるというよりは、上限まで詰め込んだ知識を試験日まで維持する。  平常心で居られるよう努める。  そんな感じで、入試前日の夜を迎えた。  お風呂上がり、部屋に向かう更紗に声をかけられた。 「お兄ちゃん、あした、頑張ってね」 「うん」  それ以上、何か励ましたりするわけでもなく、にこっと笑って部屋に戻っていく。  普段はうるさくて、余計なお世話みたいなことをばかり言う妹だけど、本当に応援してくれているんだなということがよく分かった。  部屋に戻り、充電器に差しっぱなしのスマホを手に取る。  そしてベッドにもぐり込み、頭まで羽毛布団をすっぽりかぶる。  連絡先一覧から、あきの電話番号をタップした。 『もしもし』 「俺。みすみ」 『……電話くれないかなって思ってたところ』  その声色で、恥ずかしそうに笑うあきの顔が、目に浮かぶ。 「声聞きたくなっちゃって」 『うん』 「あ、ナーバスになったりしてるわけじゃなくて、普通に。あきの声が聞きたかっただけだよ。聞くとほっとするから」 『そっかそっか』  短くあいづちを打つだけなので、聞き役に徹してくれようとしているのかなと思った。 「きょうはもうこれで寝ようと思ってて。まだ21:00だけど」 『それがいいね。眠れそう?』 「あきのこと考えて寝る」 『そのくらいがちょうどいいかも』  思い詰めたりするよりはね、と付け加えて、あきは笑った。  ほっとする。  ピリピリしていたつもりはなかったけど、やっぱり無意識に気を張っていたのだろうか。  なにか、自分を覆っていた氷のようなものが溶けていって、ナチュラルでニュートラルな自分が顔を出していく感じ。  あきの声は、そんな不思議な力を持っている気がする。 「あしたは天気いいみたい」 『そうだね。交通機関で遅れたりしなさそうだし、そこは安心かな?』 「ああいうのは平常心と集中力を削ぐから」 『いつも通りの深澄でね』 「ありがとう。いつも通りでいられれば、受かる。あ、あきにもらったお守り持っていくよ」 『うん』  短い会話だけど、満たされた感じがする。 「それじゃあ、おやすみ」 『うん、おやすみ』  あきは『頑張れ』とはひとことも言われなかった。  たぶん、ずっと、俺の頑張りを見ていてくれたからだと思う。  本当に俺は、ひとに恵まれた。  友達や家族は本気で励ましてくれて、勇気づけられたし、恋人は、俺に寄り添ってくれた。  寝よう。これが俺の受験勉強の、最後の課題だ。  そして、朝。  予報通りの、清々しい快晴。  玄関で、靴の爪先をトントンとして、室内の方へ向き直った。 「それじゃ、行ってきます」 「忘れものはない?」 「うん」  玄関まで見送りに来た母親と、その後ろにくっついている更紗。 「気をつけてね」 「お兄ちゃんファイトー!」 「ありがとう。じゃ、頑張ってきます」  あとはやるだけ。  深呼吸をひとつして、玄関ドアを開けた。  あえて、あきにメッセージを送るのはやめた。  行ってきますより、できましたの報告がしたかったからだ。  結論から言うと、全教科、びっくりするくらい解けた。  ちょっと緊張したりするかなとか、周りのことが気になるかなとか思っていたけど、全部無用な心配で……テストが終わっての感想は、手応え云々よりも、こうだった。 [俺、生まれて初めて、集中し過ぎて周りの音が聞こえない状態になったよ。漫画みたいだった]  できたとかできないとかの報告よりも先にこれが言いたくて、何の前振りもなくあきにこう送った。  ややあって、ひとことの返事。 [僕のヒーローだものね]  電話番号をタップする。1コールで出た。 『もしもし。おつかれさま』 「ありがとう。あき、なんかね、簡単だった。いや、簡単じゃないな。えーと、楽勝? 違う。うーん……魔法がかかったみたいに解けた。いつもの俺じゃ解けなかったんじゃないかみたいな問題まで、何故か解けた」  そう、魔法という表現が1番しっくりくる。  たぶんすっとぼけた声で話していたと思うけど、あきは安心したようにふふっと笑った。 『それは深澄が自分でかけた魔法だよ。本当に、よく頑張りました。えらかったです』 「あー……もう、勉強しなくていいんだ」  合否はともかく、きょうからはもう、何もしなくていい。  全部から解き放たれた感じ。 『しばらくゆっくりしてね。落ち着いたら会おう』 「うん。あの……会うの、合格発表の後でもいいかな?」 『もちろん』  本当はいますぐにでも会いに行きたかったけど、なんか、最後のゲン担ぎみたいな。  あきも理解してくれて、良かった。 「メッセージとか電話はするね」 『うん、いつでも。待ってます』  優しい恋人で良かった。

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