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2月23日。運命の、合格発表の朝。
いま俺は、リビングの隅にあるパソコンの前に座っている。
大学まで行って、貼り出されたものを見に行こうかとも思ったけど、家族みんなで見たいので、ネットで見ることにした。
手応えは十分で、たぶん受かってる。
ただ、俺がすらすら解けたということは、平均点が高い可能性もあって、やっぱり多少の不安はある。
「うう……緊張する」
胃がひっくり返りそう。
ふだんあまりうろたえたりしない俺のらしくない反応を見て、更紗にも緊張がうつったらしく、兄妹揃って苦しそうにうめく、不思議な状況。
そして、発表の14:00になった。
アクセスが集中しているからだろうか、重くてなかなか入れない。
何度目かのトライでようやくページが開けた。
そして、若干震える手で、そっとクリックすると。
「……合格」
「やったー!」
更紗が飛びついてくる。
母親は泣き出し、父親は何も言わないまま肩を叩き、頭をわしわしとなでてくれた。
うれしさと、脱力感。
受かった。
パソコンのいすをぐるりと回して立ち上がろうとしたら、母親が目の前に来て、両肩に手を置いた。
「深澄、おめでとう」
この1年、口うるさかったり過干渉にうんざりしたこともあったけど、俺のために考えていてくれたのだし、素直に、本当に感謝できた。
「ありがとう」
ポロポロ泣く母親を見上げてちょこっと笑うと、母親は肩から手を外して、家の電話に向かった――予備校と親戚に電話するつもりだろう。
俺も報告しないとだ。
「友達に連絡してくる」
「きょうは俺が何か作ろうか」
「え! お父さんの料理!? やったー!」
更紗が飛び跳ねてはしゃぐ。
滅多に台所には立たない父親だけど、むかし洋食屋でバイトをしていたらしく、作る料理はめちゃくちゃうまい。
こうして家族のお祝い事があるときは腕を振るってくれて、反抗期を迎えることなく高校生になった更紗は、父親の料理が出ると、大喜びするのだ。
なんだかんだ仲の良い家族なのかな? なんて思いながら、自室への階段を上った。
まずは重田。俺の合格を心の底から祈ってくれていた友達に、報告しなければならない。
多くは語るまいと、重田がしてくれたように、ひとこと送った。
[受かった]
自由登校だけど、受験が終わったひとは行くという暗黙のルールがあるので、重田も授業中だろう。
なのに、5秒でスタンプが飛んできて、笑ってしまった。
多分俺の報告を待ってくれていたんだと思う。
そして5限が終わった頃に、電話がかかってきて、こちらが何かお礼を言ったりする暇もないくらい「おめでとう!」「よかった!」「安心した!」とすごいテンションで連呼されて、ますます笑ってしまった。
良い友達を持った。本当に。
続いて、あきに。
こちらも、俺からの連絡待ちで気が気じゃないと思われる。
[合格しました。都合の良いタイミングで電話ください]
ポーカーフェイスの三船先生が、職員室でスマホを開いたあと、すまし顔でカバンにしまうところを想像する。
そして、内心早く帰りたくてうずうずしてるところを想像したら、可愛くて悶絶してしまった――全部俺の妄想だけど。
夜、父親の作った豪華料理をたらふく食べたところで、電話がかかってきた。
ディスプレイには『あき』の2文字。
「ごめん、電話してくる」
階段を駆け上がり、部屋に滑り込んで、通話ボタンタップする。
『深澄、合格おめでとう!』
普段穏やかなしゃべり方をするあきが、元気いっぱいにお祝いの言葉をくれた。
「ありがとう」
『頑張ったね』
本当はいますぐ抱きつきたいけど、それは無理だから、素直に気持ちを伝えることにする。
「あきがいてくれたから頑張れた。ありがとう。大好き。早く会いたい」
『僕も、早く会いたいなあ。土曜日まで待てないや。平日のどこかで食事に行かない?』
ずっと待っていてくれたもんね。思わず頬がゆるむ。
「あきの都合のいい時でいいよ」
『じゃあ、あした。僕、お店決めちゃうね』
これまた珍しい。
あきは何かを決めるとき、必ず俺の意向を聞くのだけど。
『絶対に17:00ぴったりに職員室を出るから。いまから死に物狂いで採点します。それじゃあ、またあしたね』
あいさつもそこそこに切れてしまった電話のディスプレイを見ながら、思わずプッと噴き出した。
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