いつもの駅前で、壁際に寄り、あきが出てくるはずの改札を凝視していた。 　帰宅ラッシュの人混み。 　そんな中でもぱっとあきの姿が見つかるのだから、何かセンサーでもついているのか、あきの周りだけ光が当たっているのか、それともあき自身が発光しているのか……。 　そんな変なことを考えながら、やはり迷わず一直線にこちらへ向かってくるあきを見て、うれしくなった――あきにも、雑踏のなかの俺がそんな風に見えてるのかな、とか。 「深澄！」 　ついに駆け足になったあきは、俺の肩に触れると、人目もはばからず抱きしめた。 「合格おめでとう」 「ありがとう。やっと夢が叶った」 　弾んだ声でお礼を言うと、あきはそっと腕をゆるめ、「僕もうれしい」と言ってにっこり微笑んだ。 　好きなひとにこんな風に一緒に喜んでもらえて、頑張ってよかったと、心の底から思った。 　あきに連れられてやってきたのは、こじゃれた感じの和風創作料理のダイニング。 　繁華街から路地を1本入ったところにあって、全席個室らしい。 　別にドレスコードがあるような高そうなお店ではないけれど、なんとなく、パーカーで来てよかったのかと戸惑ってしまう。 「なんか俺、場違いな感じじゃない？」 「ふたりきりなんだから、何も違わないよ」 　そう言ってドアを開け、俺を先に通してくれた。 　こんなかっこいいひとにそっと背中を触れられて、エスコートみたいな……女のひとは、こういうのを『胸キュン』とか言うのかな、とかバカなことを考えた。 　店内は薄暗くて、和の感じでありつつ、照明や装飾はモダンな雰囲気。 　狭い通路を店員さんについて歩き、案内された部屋は4人掛けテーブルがどでんと1つ。 「適当に盛り合わせとか頼んで、ふたりでシェアしない？」 「うん。俺このパリパリチーズ巻きのラスボスみたいなやつ食べたい」 「何それ」 　クスクス笑いながら、俺の指差すメニューをのぞき込む。 「スーパーのおそうざいが第3形態まで進化したらこうなりそうじゃない？」 「あはは、なるほどね。じゃあ、僕もボスみたいなの頼もうかな」 　とてもリラックスした表情のあきを見て、なんか、日常が戻ってきたのかなという感じがした。 　適当に注文し、料理が揃って店員さんが出て行ったところで、向かいに座っていたあきが、はにかんで聞いてきた。 「そっちに座ってもいい？」 　ソファ側に座る俺の隣を指差す。 「いいけど、食べにくくない？」 「くっつきたくて。ダメ？」 　甘えたな顔をされたらどうしようもないし、別に断る理由もない。 　いいよとうなずくと、うれしそうにこちらに移ってきた。 「もしかして、個室にしたのって、こういう理由だった？」 「えへへ。僕はずるい大人だから」 　あきはビールを、俺はパイナップルジュースのグラスを手に持つ。 「深澄、合格おめでとう」 「ありがとう」 　カチンとグラスを合わせて、ストローをすする。 　目の前のあきがこくこくとのどを鳴らしてビールを飲む姿に、思わず見惚れてしまう。 　ぼーっと見ていたら、あきが不思議そうな顔で小首をかしげた。 「なあに？」 「いや、なんでもないけど」 　お箸をとって、ほたてのカルパッチョをひと切れつまんだ。 　そして、あきの顔の前に運ぶ。 「はい、あーんして」 　俺の突然の奇行に、あきが目を丸くする――俺だって自分で、何やってんだと思う。 　あきは、頭の上にはてなマークを散らしながら、「いただきます」と言って、そのままぱくっと食べた。 「おいしい？」 「うん。とっても。深澄も食べてみて？」 　とんでもなく幸せそうにしていて、隣に座るってこういうことかと……ちょっと味を占めそうだと思った。 「母親とね、関係が良くなりつつあるんだ」 　食べながら、何とはなしに切り出してみると、あきは手を止めて、俺の顔を見た。 「この1年、どこに行くのか誰といるのかって、めちゃめちゃうるさかったでしょ？　それが、入試が終わってから、ぴったりやんだ」 「へえ。本番が無事終わって、安心されたのかな」 　首をかしげて微笑むあきに、こくっとうなずいてみせる。 「こんな、親のこと上から目線で分析するのもどうかと思うけど……母親はたぶん俺の大学受験を、自分の育児の集大成みたいな感じで見てたと思うんだよね。あとはなんか、自分の夢を乗せてるみたいな？」 「それは、多かれ少なかれ、どこの親御さんも感じることだと思うけどね」 　三船先生はもしかしたら、うちの親みたいなのを散々目にしてきたのかもしれない。　 「もちろん、良い大学に進学させたいみたいなちっちゃな見栄もあったかもしれないけど。でも、最近思うのは、俺って小さい頃からまじめおりこうキャラだったから……なんというか、ずっとまじめにやってきた俺に、最後の最後で失敗して欲しくないみたいな。それが理由だったのかなって思うと、口出してきたりしたのは、母親なりの責任の持ち方だったのかなって」 　とんだはた迷惑だったけどね、と笑って付け足すと、あきは優しい瞳で微笑んだ。 「深澄は大人になったね。そんな風に考えられるなんて、お付き合いを始めた頃から考えたら、激変かも」 　しみじみと言いながら、頭をなでてくれた。 「合格して自分に自信が持てたし、これからは親の言うことが全てじゃないって、反発心とかじゃなくて、ちゃんと思える」 　あきは、うんうんとうなずく。 「それは何よりだと思う。これからは大人の仲間入りで、自分の道は自分で切り開いていかなくちゃいけないもの。でもご両親への感謝は、いつでも謙虚に忘れずにね」 　あきはやっぱり大人だ。 　いままでは大人のあきに釣り合うように必死に背伸びしていたけど、これからは対等にいられるようにしたいなと思った。