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翌日の昼休み、俺は大博打 に出た。
「梅元の好きなひとって、もしかして、北村さんだったりする?」
「……ぐっ!?」
唐突な話題に驚いた梅元が、弁当をのどに詰まらせた。
「え、何? マジ?」
おもちゃに飛びつく山口――こいつがあきに伝えた『調子乗り』だ。
ゲホゲホとむせながら周りを見回した梅元は、盛大に眉間にしわを寄せ、非難の目で俺を見た。
「急になんてこと言うんだよ」
「で、実際どうなの?」
動じることなく、しれっと聞き返す。
ニヤニヤする山口と、箸を置いて頬杖をつく川合。
誤魔化すのは無理と判断したらしい梅元は、降参したように目を伏せて言った。
「大当たり。なんで分かった?」
「文化祭の黒板アートに見惚れてたから」
「えっ? そんなこと?」
目を丸くする梅元の前に、山口がにゅっと顔を出す。
「告んの?」
「いや……接点がなさすぎてどうしようか考えてたとこ」
やっぱり、読み通りだった。川合が横から口を挟む。
「何も接点ない状態で卒業式に突然告って付き合えたやつとか、聞いたことないな」
「だよなー。だから、あきらめよっかなと思ってたりもする。大学での新しい出会いに期待?」
ため息をつく梅元に、山口がデコピンをした。
「バカ、あきらめんな。北村さんなら、こう言っちゃなんだけどライバルはいないだろうし、大学デビューして男友達が増えるタイプにも見えねえし。行け。やれ」
口調こそ励ましているが、内心『超面白い』と思っているのが透けて見える。
たぶん川合も俺と同じ感想を抱いて胡散臭げな目で見ているけど、梅元本人だけは、なるほどと納得していた。
「どうしたらいい? 突然ふたりで遊びに行こうとか言っても絶対断られるし、みんなでって言ったって、北村さんの周りの女子も全員誰ともしゃべったことない」
「お前ほんと、どういう経緯で好きになったんだよ」
たしかに不思議ではあるけど、いまそこへ話がそれると、面倒だ。
さりげなく修正する。
「要は、接点ない同士でも同じ空間にいて不自然ではないようにすればいいだけの話でしょ? クラス会みたいにしちゃえばいいじゃん。先生を何人か呼んで、基本みんな来てねみたいな空気にして。若手の先生がいたら、絶対女子みんなそっちに群がるから、話すチャンスあるよ」
山口が、パチンと指を鳴らした。
「三船だ」
大正解、と心の中でつぶやく。
川合が小さく挙手した。
「うち使ってもいいよ。先生入れても40人は行かないだろ? 詰めればいける」
「マジで!?」
梅元が身を乗り出す。
すっかり忘れていたけど、川合の家はお好み焼き屋だ。
企画自体はクラスの祭り好き連中に委ねるしかないかと思っていたけど、川合の家でやるなら話は別だ。
川合のご両親がいるから先生も自然に呼べるし、山口が音頭を取ってやってくれれば、すぐに話がまとまるだろう――なにせ、山口はノリノリなのだ。
きょうほど友達の存在に感謝したことは、ないかも知れない。
あとは俺はいつも通り、誘われればふわっと乗る、まじめな成瀬でいればいいだけ。
と思いきや。
「成瀬、先生誘って」
「え? 俺?」
思わず素っ頓狂な声で聞き返すと、山口はまじめな顔でうんうんとうなずいた。
「オレたちがノリでワイワイ始めました~って感じより、お前がクソまじめな顔して『卒業前に親睦を深めたいという話になりまして、川合くんのご家族がやっているお好み焼き屋さんをご厚意で貸していただけることになってるんですけど……』とか言えばいいんだよ」
山口、超ファインプレー。まさかここまで話の分かるやつだとは思っていなかった。
内心大絶賛しつつ、俺は平静を装って、真顔のまま答える。
「んー、分かった。じゃあ、日程とかどの先生呼ぶかとか決まったら教えて」
あくまで、言われたことをこなすだけ。
そんな涼しい顔で、盛り上がる3人の会話を聞いていた。
夜、電話でことの顛末 を伝えると、あきはとても驚いていた。
『すごいね。そんなにトントン拍子に話が進むなんて』
「お好み焼き屋の息子を友達に持ったことを誇りに思うよ」
冗談めかして言ったら、あきはクスクスと笑った。
『教師を交えた食事会は、本来なら在学中はやっちゃダメかなって思うんだけど。保護者の方のご厚意なら無下にできないね。ってことで、柏木先生も納得してくれるんじゃないかな』
柏木先生はうちの担任だ――山口から、担任と、20代の先生を片っ端から呼べと指示されている。
「川合は親に、実は梅元と北村さんをくっつけたくてってことは言ったらしい。それでお父さんが、任せとけって張り切ってるって」
『あはは。お好み焼き屋さんって、人情味にあふれてそうだものね』
川合の家には行ったことがないけど、本人はそんなに熱血って感じでもないし、どんな親なのか単純に気になって、それはそれで楽しみだ。
『ご招待、楽しみにしてるね』
「うん。あ、でも、ちょっと心配……」
しまった。言っても意味はないと分かっていたのに、つい、口から出てしまった。
『なあに?』
「いや、三船先生を呼ぶ趣旨が、女子をそっちにやって、余った北村さんに梅元が声をかけるみたいな感じだから。その、三船先生のことまた好きになっちゃう女子とか現れないかなとか……あ、そうだ。あき、指輪つけてきてよ。私服だからいいでしょ?」
不安のままに訴えたら、あきは、うーんと考えてから、ほがらかに言った。
『指輪はつけていかない、かな』
「えっ? なんで?」
『作戦がある。そのために、僕と深澄の小さな接点を、ひとつだけ捏造 して欲しいんだけど』
楽しそうに話し始めるあき。
イタズラ小僧みたいなちょっと弾んだ声で告げられた『作戦』は、諸刃の剣だった。
「えー? 大丈夫それ? 間違えたら大惨事だよ」
『大丈夫、うまくやるから。ね?』
優しく言われて、ダメとは言えない。
仕方なく了承して、電話を切った。
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