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クラス全員の試験が終わった、3月第1週の土曜日。11:30。
商店街の中ほどにある『お好み焼き・川合』の前に、3年1組全員と、先生4人が集まった。
「三船先生一緒に座りたーい!」
案の定というか作戦通りというか、ばっちりメイクをした女子がはしゃぐ。
「残念ながら、席は親が決めてまーす」
川合が割って入り、先生方に声をかける。
「先入ってもらっていいですか? そのあと生徒振り分けるんで」
担任の柏木先生、古文の藤澤先生、家庭科の森下先生、そして三船先生。
俺としては、本当は若い男の先生をもうひとり入れたかったのだけど、山口の『派手な女子を引きつけるなら三船ひとりで十分』というド正論を覆す言い分が見つからなかったので、仕方がなくこうなった。
川合とお父さんが3日間頭を突き合わせて考えたという完璧な席配分。
曰く、どう考えても、どのような展開になっても、絶対に梅元が北村さんに話しかけるチャンスがあるらしい。
全席座敷で割とゆるく移動することもできるので、気まずくなったら別のところへ逃げられるし、成功する気しかしないと息子はドヤ顔だった。
他方、梅元本人は、平静を装って談笑していると見せかけて、ド緊張している。
合格祝いの臨時収入を全投入で買ったというブランド服で、全身を固めている――フリマアプリ様様だと、スマホを拝んでいた。
ごめんね、梅元。
まあ片思いが成就するように健闘は祈るけど、俺はそれよりもっと人生がかかったミッションを控えているから、正直どうでもいい。
きょう三船先生と仲良くなるきっかけが持てなかったら、終わりだ。
いや、正確に言うと、『ああそう言えば、お前あの時三船先生と仲良くなってたよな』って、何人かに目撃してもらわないといけない。
将来、何年後か分からないけど、俺の親を説得する必要が出てきたときに、友達の証言が必要かも知れなくて。
文字通り、人生がかかってる。
全員が席について、飲み物が配られたところで、柏木先生が立ち上がった。
「みんな、試験お疲れ様。国公立組はまだ結果が出ていないけど、滑り止めは全員受かっているので、とりあえずおめでとうということにしましょう。それじゃあ、乾杯」
わーっと声が上がって、あちこちでグラスを当てる音がする。
そっと三船先生の席を見ると、クラスの目立たない男子のグループと、三船先生大好き女子があてがわれていて、男子はすごく居心地が悪そうだ。
川合曰く、あの席に置いておくのを気の弱い男子にしておけば、他の卓の女子が押し寄せた時に、男は一斉に逃げる……ということらしい。
そして逃げる先は、ひとが少なくなった席。
同じ要領で、藤澤先生の席におとなしい女子、つまり北村さんたちを置いておけば、群がる男から逃げてきたところをこちらに迎え入れて、梅元は親切かつ気さくで気の利く男になれる……とのこと。
この、梅元にとっては最高な、そして俺にとっては最低の作戦は、既にあきに伝えてある。
あきは、少し困りつつ、『まあ、大人だから大丈夫だよ』と笑っていた。
最初の40分くらいは、みんなわいわいと目の前の鉄板でお好み焼きを焼いて食べていたけど、ひととおりお腹がいっぱいになったら、民族大移動が始まった。
三船先生の席の会話に、聞き耳を立てる。
「先生、彼女さんと順調ですかー?」
「いやあ……実は、お恥ずかしながら、振られちゃって」
「えー!?」
女子の悲鳴。他の先生も振り返るほど。
三船先生は苦笑いで頭をかく。
「え? え? いつ? 何かやらかしたんですか?」
「ううん。他に好きなひとができたんだって。あっさり振られちゃった。先週のことで……ちょっとまだダメージが」
弱々しく笑う三船先生に、「かわいそー!」「信じらんなーい!」「もったいなーい!」の大合唱。
あきからこの作戦を聞かされたとき、俺は、卒業式前にフリーになったと言うなんて無謀にも程があると、大反対した。
けどあきが『深澄と仲良くなるときに違う恋人がいたら、浮気になっちゃう』とかいう訳の分からない主張をし始めて、どうしても折れなかったので、渋々了承した。
女子の質問攻めを「ダメージが」「勘弁してください」「もう女性はこりごり」で乗り切った三船先生は、こちらの席に移動してきた。
「川合くん」
「はい」
「企画と場所提供、ありがとうね。ご両親にごあいさつしたいんだけど、いいかな」
「あ、はい。奥にいますんで」
川合が三船先生を案内して奥に入っていくのを、ぼーっと眺める。
山口がジュースをすすりながら笑った。
「あんなイケメンでも振られるんだな」
「性格も良さそうなのにね」
いつも通り、話を合わせてますくらいの感じで、適当に答える。
ちらっと厨房をのぞくと、豪快に笑うお父さんと、頬に手を当てて乙女の顔をするお母さんが見えた。
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