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 あいさつを終えた三船先生が、川合と共にこちらのテーブルへ戻ってきた。  女子はとっくにいなくて俺たち4人だけだったので、三船先生はそこに腰掛けた。  手はず通り、俺が声をかける。 「あの、三船先生」 「はい。なんでしょう」 「その節はお世話になりました。おかげさまで無事受かりました」 「いえいえ、僕は何もしてないよ。それに、成瀬くんなら大丈夫って思ってたしね」  不思議そうな顔で俺たちのやりとりを見る3人。川合が口を出した。 「何かあったの?」 「うん。修学旅行のとき、ちょっと愚痴聞いてもらったんだ」  うんうんとうなずく三船先生に、山口がニヤーッとして聞いた。 「ていうか、さっき聞こえちゃったんすけど。先生振られたんですか?」 「え? こんなところにまで聞こえてたの? 恥ずかしいなあ」 「女子の声がバカでかいんすよ」  あいまいに笑う三船先生に、山口がさらにつっこむ。 「なんて言って振られたんすか?」 「えー……これ、女の子たちには内緒にしてくれる?」 「しますします」  5人、なんとなく顔を寄せる。  打ち合わせにはない展開だけど、なんと答えるのだろうか。  ドキドキしていると、三船先生は困ったように笑って言った。 「誰彼構わず優しくして良いひとぶってて信用できない、だって」  首をすくめる三船先生の表情を見て、これは実際言われたことあるやつだなと思った。  無表情のままコメントする。 「恋人にしか優しくしなくて他人はどうでもいいみたいな方が、人間としてまずいと思いますけどね。先生悪くないですよ」 「あはは、生徒に励まされちゃった。ありがとう、成瀬くんは優しいね」  すると、目の端に、藤澤先生の卓に向かう男子グループが見えた。  無言で梅元を見てあごをしゃくると、3人とも状況を把握したらしい。  山口が俺に向かって、目線だけで『三船をどっかにやれ』と促してきたので、自然な流れで、三船先生を卓の外に誘導することに成功した。  壁にもたれかかって、三角座りで話を始める。 「成瀬くんは、将来何になりたいとかあるの?」 「何に……っていうのはないんですけど、大事なひとを守るのに最善の道を選びたいです」 「それはいいことだね」 「あとはなんだろ、普通に、収入面で相手に迷惑かけないようにしたいです」 「それは気にしなくていいんじゃない?」 「そこも含めて甲斐性かなって思うんで」  ふたり並んで、ダミーの人生相談。でも、本当のことしか言っていない。 「なになにー? 何話してるのー!?」  女子が、文字通り畳を這ってやってきた。 「ちょっと人生相談だよ」  三船先生がにこっと笑うと、女子の「いいなー!」「あたしも聞いて欲しいー!」の大合唱になったので、俺はちょびっと頭を下げて脱出した。  元いた席を見ると、赤い顔をした梅元の横に北村さんが座っているので、あちらも無事に作戦が成功したのだと、ほっとした。  ミッション・コンプリート。  はーっと気が抜けたら途端、もうこんな場所めんどくさい、帰りたい……となってしまった。  室内をぼーっと眺める。  このメンツとももうすぐお別れで、2度と会うことはないだろうひとが、3分の1くらい……いや、俺自身が同窓会に呼ばれなければ、ほぼ全員か。  あっけないような、でも、友達は大事なのが数人いればいいよなとも思う。  時刻が15:00を過ぎたところで、お開きになった。  このまま友達同士で別のところへ遊びに行くひとも多いらしいけど、山口は彼女とデート、川合は家の手伝い、そして梅元はウルトラCを決めて、北村さんと途中まで一緒に帰るらしい。  俺は先生招集係の締めとして、ひとりひとりにあいさつしていた。  それぞれに極々常識的なお礼を手短に述べて、最後に三船先生のもとへ。 「きょうはありがとうございました」 「いえいえ、こちらこそ、呼んでくれてありがとう。楽しかったです」 「あの……その」  言い淀んで、一応言ってみる。 「彼女さんに振られちゃったの、あんまり考え込んだりしないでくださいね。先生がみんなに優しいの、悪いところなわけないですし」  おそらく実話だろうと思って励ましてみたら、三船先生はあははと笑った。 「お気遣いありがとう。でも、そういうかっこいいことは、僕じゃなくて恋人に言ってあげた方がいいよ」  かーっと耳が熱くなった。いまじゃなくて、ふたりきりのときに言えってことか。  適当にもごもご言って、離れた。  なんだろう、返り討ちに遭った気分。  悔しまぎれに、少し離れたところからメッセージを送った。 [彼女と別れたなんて言って、藤澤先生とか森下先生とか、狙ってくるんじゃないの?]  嫌味半分、本気の心配半分。  返事が来たのは家に着いてから1時間ほど経ったところで、珍しい長文だった。  ベッドに寝転び、読む。 [森下先生はご結婚されています。家庭科の衛生上良くないので、指輪はしない主義なのだそうです(前に、職員同士の飲み会で、パワハラ気味に某先生に聞かれていました)。藤澤先生も先月婚約されたところだそうで、最近は引っ越しの準備で忙しいと、毎日嘆いていらっしゃいます。他に気になる先生はいますか? もやもやするなら電話をください。もやもやしなくても、電話はくれてもいいですよ] 「あきのバカ」  空中に向かって悪態はついてみたけど、好きなものは好きで仕方がないので、結局普通に電話をかけた。

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