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 思い出作り程度の授業と、卒業式の練習で、数日が過ぎた。  日に日に合唱曲のハモリが揃っていくとか、みんなが美容院に行き始めるとか、そういう些細(ささい)なことで、本当にもうすぐ卒業なんだなということを感じる。  約1年、早く卒業したい、早くあきと普通に付き合いたいと、そればかり考えてきたけど……やっぱり少し寂しいような気もするし、学校で三船先生に会うことはなくなるのかと悲しくなったり、でもそれを上回るくらい、最後までボロを出さずにいなきゃとか、早く終わってくれと無意味に天に願ったり。  はっきり言って情緒不安定だと、自分でも思う。  卒業式1週間前の金曜の夜、俺は駄々っ子みたいな電話をかけた。 「あきに会いたい」  困らせると分かっていながらもぶーぶー嘆くと、あきは申し訳なさそうに笑った。 『ごめんね、どうしてもダメで』  この土日は会議と準備で休日出勤で、その後の平日はもちろん、普通に学校がある。  要するに、本当に卒業式本番まで会えない。  なんなら、当日だって会えるか分からない――女子の告白ラッシュに巻き込まれるとか、後片付けで遅くなるとか、色々考えられるからだ。 「じゃあ、卒業式の日絶対会えるようにして。一目でもいいから」 『最後、校門のところにいるよ』 「そーいうんじゃなくてっ」 『深澄、泣かないで』 「泣いてない」 『うそ言わないの。泣いてるでしょ?』  手の甲でぐいっと目元をぬぐった。  受験前だってこんなにナーバスにならなかったのに。  ぐずぐずしていると、あきは、子供をあやすみたいな優しい声で言った。 『分かった。当日絶対に会おう。どうしようかな……良い方法がぱっとは思いつかないから、少し考えさせて? せっかく会うなら、誰にも邪魔されたくないもんね』 「うん。ありがとう」  ぽつっと言ってみたけど、わがままで困らせている自分が情けなくて、でも本当に一生で最後のわがままでいいから聞いて欲しくて、やっぱり頭はぐちゃぐちゃだった。  そして、翌日の土曜、夜。  1日中スマホを握りしめてゴロゴロしていたけど、なんの連絡もなかった。  さすがに、そう簡単には妙案は浮かばなかったらしい。  そもそも休日返上で仕事をしているのだし、忙しいのは仕方がないというか、俺たちのために働いてくれているのだから感謝しなければならない……ということは頭では分かっているのだけど。  やっぱり、式本番に会うのは無謀か。  このまま何もなく、あっけなく卒業してしまうのだろうか。  でも、それならそれで仕方ない。元々はそういうつもりでいたのだし。  そんな風に自分を納得させようとしていたところで、電話がかかってきた。  ディスプレイには、『あき』の2文字。  取り落としそうになりながら出る。  裏返った変な声で「もしもし」と言ったら、クスクスと笑ったあきは、あいさつもなしにこう言った。 『曲がり角の公園のところまで、出てこられる?』 「えっ? それって……」 『来ちゃった。エンジンかけっぱなしなんだ。おまわりさんに何か聞かれる前に、早く来て』  アウターを引っ掴み、勢いよくドアを開け……ようとして、平静を装って階段を下りた。 「ちょっと外行ってくる」 「遅くならないでね。鍵持って行ってよ?」 「はーい」  何も詮索しなくなった母。  嘘をつかなくていいというほっとした気持ちと、また少しずつ、母のことを信頼できるように自分も変わらなくちゃなと思う気持ち。  この1年で、だいぶ母に幻滅してしまったから。もう少し精神的に大人にならないとなと思う。  ちょこちょこと小走りに夜道を進むと、見慣れたシルバーの車が目に入った。  駆け寄り、運転席の窓をコンコンと叩く。  顔を上げたあきが、ちょっと車を動かして、助手席側にスペースを開けてくれた。  滑り込むように入る。 「ごめんね、突然来て」 「連絡くれたらよかったのに」 「会いたくって、慌てすぎて、忘れちゃったの。県道を走りながら気付いて、でももう停まるところがないから、ここまで来ちゃった」  恥ずかしそうに首筋に手を当てるあきが可愛い。  誰もいないのを確認して、そっと触れるだけのキスをした。  顔を離しじっと見ると、あきは、うっとりとうれしそうな表情をした。 「卒業式の日ね、本当に一瞬だけ、すきまを作れるかもしれません。でも、もしかしたらダメかも。一瞬だから、よく聞いてね?」 「うん」  真剣な表情でこくりとうなずくと、あきは、四つ折りになったA4のプリントを広げて見せてきた。 「これが、教員の当日のタイムスケジュール。式典のあと校庭で記念撮影があるけど、1組は最初の10分で終わります。終わったらまた教室に戻ることになっているけど、深澄はみんなをまいて、プール裏まで来て。僕は体育館で椅子の撤去作業中なんだけど、1~2分なら抜けられる」  学校の見取り図には、蛍光ペンで引いた矢印。  校庭に設置される雛壇から、体育館の死角とプール裏のすきまのスペースまでの道筋が示されている――この通りに進めば周りをまけるということだろう。 「これあげる」 「いや、危ないから。いま覚える」  あきのスケジュールを、朝から撤収まで丸暗記した。  確認のため暗唱する。 「さすが3年生。完璧です」 「まだなまってませんでした」  あきは紙をたたんでしまうと、俺の頬を両手で包んで、やわらかく微笑んだ。 「絶対会おう。僕、君と果たしたい約束がふたつある」  え? 覚えていてくれた……?  内心びっくりしていたら、見透かされてしまったようで、あきはクスクスと笑った。 「忘れてないよ。僕だってずっと楽しみにしてたんだから」  世間話をすることもなく、あきは帰って行った。  ほんの一瞬の逢瀬だったけど、すごく安心できたし、愛されている感じがした。  絶対、絶対、誰にも見つからずにあきのところに行く。  そう強く誓った。

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