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卒業式当日。真っ青な晴れ。
門出を祝うように、きょうは気温がぐっと上がって、4月上旬並みに暖かいらしい。
教室に入ると、北村さんを中心に女子が描いた黒板アートが出迎えてくれた。
ふと横を見ると、黒板を背に並んで自撮りする男女……と思ったら、まさかの、恥ずかしそうに立つ北村さんと眉間にしわを寄せた梅元だった。
黒板の全貌とツーショットを頑張っておさめようとしているらしく、極限まで手を伸ばしている。
席に座ると、山口がニヤニヤしながらこっちに来た。
「まだ付き合ってはいないってさ」
「きょう言うって?」
「たぶんな。帰りにカラオケ行く? って聞いたら、もし現れたら笑ってくれって言ってた」
みんな、はしゃいでいるような、別れを惜しんでいるような、浮ついた感じ。
柏木先生が来てホームルームが始まり、胸章が配られると、いよいよ式典だなと言う感じがした。
桃色の花がついた紅白のリボンを胸に留めつけると、これが最後のブレザー姿かと、しみじみとした気持ちになる。
式典が始まった。
校長先生の話がすごく良くて、割と序盤から泣いている女子がちらほら。
俺もぐっと来たけど、涙はまだ早いかと思って、こらえる。
卒業証書を受け取って、舞台から降りようとしたら、本当に無意識に教員席に目がいった。
真ん中らへんに、きちんと品よく座った三船先生が見える。
少し微笑んでいるような。
でも、三船先生は普通に口を閉じていても優しい顔をしてるから、どうだろう。
ぼんやり考えながら段を降りた。
卒業生代表の言葉が終わり、最後の合唱。
ここまでなんとか持ちこたえていた涙腺が、だんだん言うことを聞かなくなっているのが分かる。
ひとりふたりと号泣するひとが現れて、練習のときには綺麗なハーモニーだった歌は、ソプラノが壊滅的。
そして、俺もついにダメで、出かけ際に更紗が渡してくれたタオルハンカチを、目がくぼむくらい押しつけてやりすごした――お兄ちゃんは絶対普通のハンカチじゃ無理と言い切った妹に、ただただ感謝する。
全ての式次第が終わって、拍手のなか卒業生退場。
出口両脇に立っている教職員を、不自然でないように見たら……目を細めて笑う三船先生と、ばっちり目が合った。
写真撮影のため、校庭に向かう。
全神経を張り詰めて、暗記したスケジュールと見取り図を頭に思い浮かべながら、黙って歩いた。
泣いたのがまさかの功を奏して、みんながなんとなく固まって話していたりするのを、ハンカチを握って全回避。
女子に泣いてるの可愛いと言われたり、男に泣くなよと絡まれたりするのを、全部「んー」でかわした。
「はい、こっち見て下さーい!」
カメラマンが大きく手を振り、みんな顔をあげる。
背が低い俺は、1番前の右から2番目。
あきはそこまで把握したうえで、見取り図の経路を書いてくれた。
2組との入れ替えのどさくさに紛れて、3組の輪の方へ一旦避け、やんわりと校舎側に寄ったら、裏へダッシュ。
大丈夫、大丈夫。
落ち着けば。誰にも話しかけられなければ。
「はい、オッケーでーす!」
みんなが動き出したところでじわじわと人混みに紛れて、周りを見ながら、全神経を集中して……ダッシュ。
無事プール裏に滑り込んだけど、まだあきは来ていなかった。
早く、早く。
俺が居ないことがバレたらまずいし、トイレに行っていたということにしても、離脱できるのはもって5分だろう。
来てくれと、祈るように待つ。1秒が、永遠のように長い。
もしかしたら無理かもと言っていたし、ダメならあきらめるけど……会いたい。
あきにもらったお守りを、ポケットの中で握りしめた、その時。
「深澄」
振り返ると、息を弾ませたあきがそこにいた。
さっきまで綺麗に整っていた髪がばらけているから、たぶん元陸上部の本気を出したのだと思う。
「あきっ」
ぎゅうっと抱きついた。
あきは俺の頭をひとなですると、ジャケットの内ポケットを探った。
「深澄、手出して」
両手をお皿にしてあきの前に差し出すと、小さな袋を手渡された。
メガネ拭きみたいなつるつるの生地の、丸い巾着 。
「開けていい?」
「うん」
中身を出してみると、やっぱり、約束の指輪だった。
「ありがとう! ……あれ?」
親指と人差し指でつまんだ指輪の内側に、長いアルファベットの文字列。
――with all my love A to M
目を丸くして見上げると、あきはにっこりと微笑んで、右手をこちらへ差し出した。
「はめていい?」
こくりとうなずき、そっとあきの手のひらに指輪を置く。
あきはそのまま俺の右手をとって、薬指にはめてくれた。
「これ、この刻印って……わざわざ入れてくれたの?」
驚きのままにたずねると、あきはこくりとうなずいた。
「卒業式にもらうって言ってくれたから、買ったお店に持っていって、入れてもらった。だからクラス会にはつけていけなかったんだ。深澄のための指輪なのに、僕がつけちゃったら意味ないでしょ?」
俺が言葉を失っている間に、あきはするりと指輪を外して、小袋の中へおさめ、俺に渡してくれた。
「はい。そろそろ行かないと」
「あ、あの……ありがと。指輪も、時間作ってくれたのも」
ポケットにしまいながら頭を下げると、あきは俺の肩に手を置いて、耳元でささやいた。
「深澄、大好きだよ。卒業おめでとう」
やわらかいキス。ドキドキして、耳が熱くて、このまま死んじゃうかと思うくらい。
「……ありがとう。俺も、あき、大好き。それじゃあ」
これ以上話したら、帰りたくなくなっちゃう。
そう思ったから、顔は見ずに、校舎の裏手に向かって走った。
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