76 / 80

10-6

 卒業式当日。真っ青な晴れ。  門出を祝うように、きょうは気温がぐっと上がって、4月上旬並みに暖かいらしい。  教室に入ると、北村さんを中心に女子が描いた黒板アートが出迎えてくれた。  ふと横を見ると、黒板を背に並んで自撮りする男女……と思ったら、まさかの、恥ずかしそうに立つ北村さんと眉間にしわを寄せた梅元だった。  黒板の全貌とツーショットを頑張っておさめようとしているらしく、極限まで手を伸ばしている。  席に座ると、山口がニヤニヤしながらこっちに来た。 「まだ付き合ってはいないってさ」 「きょう言うって?」 「たぶんな。帰りにカラオケ行く? って聞いたら、もし現れたら笑ってくれって言ってた」  みんな、はしゃいでいるような、別れを惜しんでいるような、浮ついた感じ。  柏木先生が来てホームルームが始まり、胸章が配られると、いよいよ式典だなと言う感じがした。  桃色の花がついた紅白のリボンを胸に留めつけると、これが最後のブレザー姿かと、しみじみとした気持ちになる。  式典が始まった。  校長先生の話がすごく良くて、割と序盤から泣いている女子がちらほら。  俺もぐっと来たけど、涙はまだ早いかと思って、こらえる。  卒業証書を受け取って、舞台から降りようとしたら、本当に無意識に教員席に目がいった。  真ん中らへんに、きちんと品よく座った三船先生が見える。  少し微笑んでいるような。  でも、三船先生は普通に口を閉じていても優しい顔をしてるから、どうだろう。  ぼんやり考えながら段を降りた。  卒業生代表の言葉が終わり、最後の合唱。  ここまでなんとか持ちこたえていた涙腺が、だんだん言うことを聞かなくなっているのが分かる。  ひとりふたりと号泣するひとが現れて、練習のときには綺麗なハーモニーだった歌は、ソプラノが壊滅的。  そして、俺もついにダメで、出かけ際に更紗が渡してくれたタオルハンカチを、目がくぼむくらい押しつけてやりすごした――お兄ちゃんは絶対普通のハンカチじゃ無理と言い切った妹に、ただただ感謝する。  全ての式次第が終わって、拍手のなか卒業生退場。  出口両脇に立っている教職員を、不自然でないように見たら……目を細めて笑う三船先生と、ばっちり目が合った。  写真撮影のため、校庭に向かう。  全神経を張り詰めて、暗記したスケジュールと見取り図を頭に思い浮かべながら、黙って歩いた。  泣いたのがまさかの功を奏して、みんながなんとなく固まって話していたりするのを、ハンカチを握って全回避。  女子に泣いてるの可愛いと言われたり、男に泣くなよと絡まれたりするのを、全部「んー」でかわした。 「はい、こっち見て下さーい!」  カメラマンが大きく手を振り、みんな顔をあげる。  背が低い俺は、1番前の右から2番目。  あきはそこまで把握したうえで、見取り図の経路を書いてくれた。  2組との入れ替えのどさくさに紛れて、3組の輪の方へ一旦避け、やんわりと校舎側に寄ったら、裏へダッシュ。  大丈夫、大丈夫。  落ち着けば。誰にも話しかけられなければ。 「はい、オッケーでーす!」  みんなが動き出したところでじわじわと人混みに紛れて、周りを見ながら、全神経を集中して……ダッシュ。  無事プール裏に滑り込んだけど、まだあきは来ていなかった。  早く、早く。  俺が居ないことがバレたらまずいし、トイレに行っていたということにしても、離脱できるのはもって5分だろう。  来てくれと、祈るように待つ。1秒が、永遠のように長い。  もしかしたら無理かもと言っていたし、ダメならあきらめるけど……会いたい。  あきにもらったお守りを、ポケットの中で握りしめた、その時。 「深澄」  振り返ると、息を弾ませたあきがそこにいた。  さっきまで綺麗に整っていた髪がばらけているから、たぶん元陸上部の本気を出したのだと思う。 「あきっ」  ぎゅうっと抱きついた。  あきは俺の頭をひとなですると、ジャケットの内ポケットを探った。 「深澄、手出して」  両手をお皿にしてあきの前に差し出すと、小さな袋を手渡された。  メガネ拭きみたいなつるつるの生地の、丸い巾着(きんちゃく)。 「開けていい?」 「うん」  中身を出してみると、やっぱり、約束の指輪だった。 「ありがとう! ……あれ?」  親指と人差し指でつまんだ指輪の内側に、長いアルファベットの文字列。 ――with all my love A to M  目を丸くして見上げると、あきはにっこりと微笑んで、右手をこちらへ差し出した。 「はめていい?」  こくりとうなずき、そっとあきの手のひらに指輪を置く。  あきはそのまま俺の右手をとって、薬指にはめてくれた。 「これ、この刻印って……わざわざ入れてくれたの?」  驚きのままにたずねると、あきはこくりとうなずいた。 「卒業式にもらうって言ってくれたから、買ったお店に持っていって、入れてもらった。だからクラス会にはつけていけなかったんだ。深澄のための指輪なのに、僕がつけちゃったら意味ないでしょ?」  俺が言葉を失っている間に、あきはするりと指輪を外して、小袋の中へおさめ、俺に渡してくれた。 「はい。そろそろ行かないと」 「あ、あの……ありがと。指輪も、時間作ってくれたのも」  ポケットにしまいながら頭を下げると、あきは俺の肩に手を置いて、耳元でささやいた。 「深澄、大好きだよ。卒業おめでとう」  やわらかいキス。ドキドキして、耳が熱くて、このまま死んじゃうかと思うくらい。 「……ありがとう。俺も、あき、大好き。それじゃあ」  これ以上話したら、帰りたくなくなっちゃう。  そう思ったから、顔は見ずに、校舎の裏手に向かって走った。

ともだちにシェアしよう!