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『千のちんこの神隠し』2

 しかし、二日経っても三日経ってもちんちんは帰ってきませんでした。  ぼくは気になっていましたが、なにも出来ずにいました。おばあちゃんにバレないようにタダシさんのちんちんのところにこけしを付けておいたぐらいです。  ちんちんが消えた三日目のお昼のことでした。その日はお母さんはお休みだったので、おばあちゃんの家でお母さん、おばあちゃんの三人でご飯を食べていました。その時、テレビからニュースが流れてきました。 「アンドロイドの一部が紛失、消失するという事象が相次いでおります」  アナウンサーの言葉にぼくはハッとして顔を上げました。ニュースの内容は、アンドロイドの一部分が突然行方不明になるというものでした。そういうプログラムはもともとないみたいで、不具合と事件の両面で調べている……と、テレビが言っていました。  ぼくはもしかしてそのせいでタダシさんのちんちんも消えてしまったのかなと不安になりました。その時、隣りにいたお母さんがタダシさんを振り返りました。 「タダシさんも気をつけてね。男型のアンドロイドばかりらしいから」  その言葉に嫌な予感がしたぼくは急いでご飯を食べ終えると、お母さんにタブレットを貸してってお願いしました。 「なにに使うのよ?」 「さっきのニュースのこと。タダシさんがいなくなったら嫌だし」 「あんた本当にタダシさん好きだね」  お母さんはちょっと呆れたように笑いながら、ぼくにタブレットを渡してくれました。  さっそくニュースについて調べようとしましたが、読めない漢字が多くてよくわかりませんでした。  難しいページを飛ばしていくと、掲示板のようなページに行き着きました。そこではさっきのアンドロイドのニュースについて皆が話し合っていました。 『アンドロイドの一部って……全部、ちんこなんだろ』 『アンドロイドのちんこを盗む変態現る』 『千体以上盗まれたらしい』 『そんなに盗んでなにに使うんだ』 『盗んだんじゃなくて、自分で消えたっていう説が濃厚らしいぞ』 『自分でって(笑)ちんこが自分で歩いて消えるのか』 『消えたちんこはみんなマスターに「ちんこいらない」って言われたらしい』 『そういえば、知り合いは女型が高いから仕方なく男型にしたって言ってたなぁ。そいつはちんこが消えて喜んでたぜ』  ぼくはそこまで読むとショックでぼーっとしてしまいました。 「ぼくが……、ぼくがいらないって言ったからだ」  タダシさんのちんちんが消えたのが自分のせいだと思うと、胸が痛くなって涙が溢れてきました。お母さんにバレそうになったので、ぼくは慌てて袖で自分の顔を拭きました。  そして怪しまれないようにお母さんにタブレットを返しました。 「もういいの?」 「うん、タダシさんのお手伝いする」 「そう。お母さん家に戻ってお仕事してるから、夕方までには帰ってくるのよ」 「わかった」  お母さんを見送ったあと、お皿を洗っているタダシさんの隣に行きました。台に乗って、タダシさんが洗ったお皿を拭いていきます。水音に紛れるようにぼくは小声で尋ねました。 「ねえ、タダシさん、ネットに繋げられる?」 「ええ」  タダシさんはアンドロイドなのでネット検索もお手の物です。本当はタダシさんに内緒で調べたかったけれど、ぼくだけの力じゃ限界がありました。 「うん、大丈夫。あのね、さっきのニュース、消えた一部ってちんちんのことなんだって。どこに行っちゃったかネットに書いてない?」  タダシさんは一点を見つめたまま、少しの間沈黙しました。 「信頼できる情報はありませんね」 「そっか……。噂とかもないの?」 「それはたくさんありすぎて伝えきれません」  タダシさんはちょっと困ったように笑ってお皿洗いを再開しましました。ぼくは心底がっかりしました。もうちんちんに会えなくなると思うととても寂しいです。 「そっか……」 「目撃情報ならありましたよ」 「ほんと!?」 「ええ。新宿二丁目の公園にたくさんのちんちんが集まっているのを見た人がいるそうです」 「その中にタダシさんのちんちんもいた?」 「それはわかりません」  タダシさんは全てのお皿を洗い終えると二人で黙々とお皿を拭きました。すべてのお皿を拭き終わった時、ぼくは心に決めてタダシさんを見上げました。 「ぼく、行って確かめてくるね」 「な、なに言ってるんですか。今のはジョークニュースですよ」 「嘘なの?」 「いえ、噂です。読んだ人の76%が面白いと回答したページだったので、つい……。りゅうくんを元気づけたくて」 「でも、見た人はいるんだよね。ぼく、連れ戻してくる!」  タダシさんがハッとした顔でぼくを見つめていました。台から降りるとタダシさんがぼくの腕を掴みました。 「りゅうくん、待ってください。新宿は歓楽街です。子供が行くには相応しくありません。どうしてもというなら、お母さんも一緒に……」 「お母さんには内緒って言ってるでしょ! 大人もって言うならタダシさんが一緒についてきてよ」 「私は……、鈴江さんのお世話があるのでここから離れられません」  ぼくは鈴江さんことおばあちゃんを振り返りました。ちょうど洗濯物を干しにベランダに出ていたのが見えて会話が聞かれていないことにホッとしました。そして改めてタダシさんに言い返します。 「じゃあぼく一人で行くしかないじゃん」 「……いりません」 「え?」 「りゅうくんが危険な場所に行くというなら、私はちんちんなんていりません」  ぼくはすぐにはその言葉の意味が理解できませんでした。それが冗談ではなく本気で言っているのだとタダシさんの顔を見たらわかりました。 「どうしてそんなひどいこと言うの?」  ちんちんの最後に見せた悲しげな顔を思い出すとぼくまで悲しくなります。ぼくにいらないと言われ、持ち主であるタダシさんにまでいらないと言われたちんちんがとっても可哀想だと思いました。思わず涙が溢れてしまって、タダシさんはびっくりして手を離しました。 「腕が痛かったんですか?」 「違うよ! タダシさんがひどいことを言うからだよ!」  タダシさんはきょとんとしただけで、ぼくの言いたいことが伝わっていないようでした。ぼくはさらに腹が立って、さらに怒鳴りました。 「タダシさんのバカ! ちんちんに謝れ!」  持ってきたリュックを取って玄関に向かって走りました。後ろからタダシさんが追いかけてきます。 「りゅうくん!」  でもその時、ベランダの窓が開いた音がしました。おばあちゃんがのんびりした声でタダシさんを呼びました。 「タダシさん、洗濯物を畳むのを手伝っておくれ」 「……はい、マスター(鈴江さん)」  ぼくを追いかけてくる足音が止まりました。靴を履いて振り返るとタダシさんはぼくに背を向けてベランダの方へと向かっていました。 (タダシさんはぼくより洗濯物のほうが大事なんだ)  びっくりしたあとにとても悲しい気持ちになりました。  溢れてくる涙を何度も拭いながら、ぼくはおばあちゃんの家をあとにしました。

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