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『千のちんこの神隠し』3
新宿には何度か行ったことがありました。お母さんと一緒に遠くへ出かける時はいつも新宿で乗り換えるからです。一人で乗る電車も初めてでしたが、記憶を頼りに三十分ぐらいで新宿にたどり着きました。乗り換えたことは何度かあったけど、その駅で降りるのは初めてでした。
駅の中も外も人がたくさんいてびっくりしました。高いビルや大きな看板を見渡し、ぼくはどこをどう行けば、目的に着くのか全くわかりませんでした。案内ロボットに聞いてもよくわからなかったので、大人の女の人に聞きました。
その人はちょっとびっくりした顔をしたので「公園でお母さんと待ち合わせしてる」と嘘をつきました。嘘はいけないと思いましたが、ちんちんを助けるためなので仕方ないです。
親切な女の人に公園まで連れてきてもらうと別れました。
公園は噴水のあって広々としていました。滑り台に遊具がぽつぽつとあって、ベンチに大人の人が座っています。
それを見てぼくはなんだか嬉しくなりました。
(ぼくだってやればできるんだ)
一人でここまで遠出したのは初めてだったので、達成感がありました。このままちんちんを見つけてタダシさんをびっくりさせてやろう。そう思って、ちんちんを求めて公園を探し回りました。滑り台に登って上から公園を見渡します。すると、花壇の方に動く小さな影を見つけました。
「いた!」
ぼくは滑り台を滑って降りると花壇に向かって走りました。動いたと思ったものが見当たらなくて、気のせいかと思いましたが、近くまで来ると花を摘んで玉に引っ掛けているちんちんの姿が見えました。間違いありません。タダシさんのちんちんです。
「ちんちん!」
ぼくが叫ぶと周りの人がびっくりした顔でこちらを見ました。その視線に恥ずかしくなって自分の口を両手で塞ぎました。
ちんちんはぼくに気づいて逃げ出しました。
「待ってよ、逃げないでよ!」
恥ずかしさも忘れてもう一度叫びました。でも、ちんちんは止まってくれませんでした。身を隠すように植え込みの中へと消えていきます。ぼくもその後を追いました。ちんちんが入るぐらいの小さい穴でしたが、無理やり顔を突っ込んで手を伸ばしました。木の枝がたくさんあると思いましたが、中は空洞になっています。
(あれ?)
変だなと思って更に身を乗り出すと、枝の中は真っ暗闇になっていました。目が見えなくなったのかと思うほどの暗闇にぼくは呆然としてしまいました。そして地面もありません。急に背後から男の人の声がしました。
「君、危ないよ」
「……え?」
振り返るとおじさんが木の枝の向こうに見えました。暗闇の中にぽっかりとおじさんの顔だけが浮かんでいます。そして次の瞬間、ぼくはバランスを崩して暗闇の中に落ちてしまいした。
おじさんの顔がどんどん小さくなっていきます。ぼくはどんどん落ちていくと暗闇の中に街が見えました。黄色い淡い光がぽつぽつと暗闇を照らしています。それにほんの少し見とれてしまい、気づいたときには地面が目の前に迫っていました。
どすん!
ぼくの体が地面に叩きつけられました。でも不思議と痛みはありません。
ぼくはゆっくりと起き上がりました。目に飛び込んできたのは石畳の町並みでした。その両脇に食べ物屋さんが並び、道を照らすように提灯が揺れています。美味しそうな匂いがして、ぼくはお腹が空いてきました。
「どこだろう……ここ……」
ぼくは落ちてきたはずの空を見上げました。しかし暗闇が広がるだけでなにも見えません。ふと、ぼくの脇を白いモヤのようなものが通り過ぎていきました。
(お、おばけだ……!)
おばけは他にもたくさんいました。数がどんどん増えて、新宿の人みたいに道を歩いたりお店に入ったりしています。
どうやらぼくはちんちんを追って変な世界に来てしまったようです。
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