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『千のちんこの神隠し』9
悲しそうにしていた珍婆が少し気になりましたが、ぼくは寝ることにしました。こちらの世界では夜に働いて昼間に寝るのが普通だったからです。みんな、畳の上に布団を敷いて寝ます。日が落ちて夕方に鳴る頃、ぼくはドタドタという足音で目を覚ましました。
「大変だぁ!」
襖を開けて飛び込んできたのはミィでした。まだ眠い目をこすりながら、ぼくは起き上がりました。
「どうしたの?」
「女が来たんだよ! ホンモノの女!」
興奮気味につばを飛ばすミィをぼんやり眺めました。なにがそんなに珍しいのかよくわかりませんでしたが、よく考えたらこっちに来てから男の人にしか会っていなかったことを思い出しました。人間はぼく以外にいないし、動物の顔をした人たちもみんな男でした。
珍婆はちんちんだけど、女なのかなとか考えていると、ミィは強引にぼくの腕を引いてきます。
「女が来るなんて何年ぶりだろう。お前も見に行こうぜ!」
「うーん……、わかったよ……」
あまり気が乗りませんでしたが、ミィの勢いに負けてしまいました。ぼくは着替えて布団を片付けるとミィと一緒に一階へと降りていきました。僕らのお風呂屋さんは一階が個室のお風呂がたくさんある仕事場になっています。
狭い廊下に人混みが出来ていました。ぼくたちのような召使いやお客のちんちんが窓から中を覗いています。
「きっとあそこだ」
ぼくはミィと人混みをかき分けて一番前まで来ました。普段は閉まっているはずの障子が開けっ放しになっていて、窓から中が丸見えでした。お風呂とお部屋のベッドがひと続きになっている部屋はいつ見ても不思議です。そんなお風呂にある変な形の椅子(スケベイスって言うらしいです。へんなの!)に女の人は一人で座っていました。地味なTシャツにズボンでした。サイズが大きいみたいで首元が丸見えでした。後ろ姿だけで顔は見えませんが、うなじが白くてきらきら輝いていました。隣にいたミィがへぇと息を吐きました。
「綺麗だな。あれ、人間じゃねぇの?」
「違うよ、アンドロイドだよ」
ぼくはすぐに首を横に振ります。
「お前、人間とアンドロイドの区別付くの? すごいな」
「簡単だよ。アンドロイドの方が人よりも賢くてきれいなんだ。肌がつやつやしてるから、見たらすぐ分かるよ」
「オレにはどっちも同じに見える」
ぼくは簡単だと言ったけれど、実際に後ろ姿だけで人間とアンドロイドの見分けがつけられる人はあまりいません。それほどアンドロイドは人間にそっくりです。
「なあ、なんでアンドロイドは人間に尽くすんだ? アンドロイドの方が賢いのに、人間の家来だなんて変だよな」
ただ女の人の後ろ姿を眺めていることに飽きたのか、ミィは突然そんなことを尋ねてきました。ぼくは考えました。
「人間のほうが家来だよ。だって、大人はみんなアンドロイドを買うために働いてるもの」
おばあちゃんはタダシさんを買うために『いさん』っていうお金を全部使い果たしたらしいです。お母さんもいつか立派なアンドロイドを買いたいって言ってたくさん働いてます。お金持ちはたくさんお金を出してアンドロイドをたくさん買います。そうしてぼくたち人間はアンドロイドを買うために働いています。だから本当はアンドロイドのほうが偉いんだと思います。
「ぼくも大人になったら、お金をたくさん貯めてタダシさんを……」
そう言った時、女の人がぼくを振り返りました。まるで名前を呼ばれたみたいに。見守っていた人たちが一斉にわぁっと声をあげました。
その人は切れ長の夜空みたいな綺麗な目をきょとんとさせています。性別は違いますが、ぼくがあの人を呼んだ時の顔と全く同じでした。ぼくは思わずその名前を口にしました。
「……タダシさん?」
「りゅうくん!」
窓の中からくぐもった声と一緒に笑顔が弾けました。その可愛さにぼくは一瞬、何もかもを忘れてしまいました。いてもたってもいられなくなって、ぼくは人を押しのけて扉に向かって走りました。
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