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第8話

風邪もすっかり治りあれから5日たった頃だった。 夢に見た願いが現実になったのにあまり浮かれない日々を過ごしていた。 『一真くん』 名前を呼ばれ、交互に動く唇に縋り付く。 押し倒されて指が絡み合う温もりが幸せに感じた。 このまま時が止まればいい。 夢かも現実かも解らない。 熱に侵されて未だに夢を見てるのかもしれない。それでもいい。 これは夢だ。だから許して。 好き。好きだよ。昌樹さん そのあとは眠ってしまったのか夜中起きた頃には昌樹の姿はなくメモに薬ちゃんと飲むようにと書いてあった。 「あれは夢だったのかな・・・」 あの時、一言お礼のメールを送って以来昌樹に会えず店にも寄っていたかった。 恥ずかしくて会えないのが理由だ。 溜息をつきながらカレンダーを確認すると明里先輩の結婚式が後1週間後にまで来ていた。 「はあ・・・」 過去に好きだった人の結婚式に対してはもう何も思わなくなった。それよりも昌樹のことが頭に浮かぶ。 あの時の俺を求めるようにしてきたキスはなんだったのか。眠りに着く前に唇に覚えてるこの感覚は鮮明に残っている。柔らかくて熱い唇。 「だめだめ!確かめないと」 考えるよりも行動と思ったのにメッセージになんて打ったらいいかと迷ってしまう。 無理だ、なんて言っていいのか解らないし顔みて話すなんてもってのほかだ。 考えながら飲み物を取りに冷蔵庫を開けると何も無いことに気づき、息抜きに外に出ることにした。 ダウンコートを羽織り、念の為マスクも着用することにした。 外に出ると景色は真っ白になっていた。 サクサク心地よい音を立てて自分だけの道を作っていく。懐かしいさを思い浮かべてコンビニまでの道を進んでいった。 カゴに栄養剤と水を何本か入れて会計を済ませてコンビニを出るとふとこの近くって昌樹の店に近いことを思い出す。 「・・・顔見るくらいなら」 あのキスを思い出すと寒い日には丁度いい程、全身が熱くなってしまい震える足を何とか進める。 着いた時にはどんな顔していいのかわからず、やっぱり帰ろうなんて思ってしり込みしてしまう。 入らないで少し窓から覗きみると店の中には客は居なかったが、昌樹と女性が2人でいるのが見えた。 如何にも怪しさたっぷりの行動だが、それよりも中のことが気になって仕方がなかった。 「明里先輩?」 見覚えのある女性は明里先輩なのに気づき、2人は知り合いなのだろうか。 最初ここに連れてきたのは明里先輩だからそれは知っていておかしくない。 昌樹は明里先輩に何か小包を渡して、それから明里先輩は抱きついたのをこの目で確認してしまい衝撃が走った。 「明里先輩の旦那ってもしかして・・・」 衝撃の事実に足が動かなくて立ち竦んだ。 (行かなきゃ、見つかる) ショックのあまり足が全動かず、落ちた袋とドアが開いたことに気づかなくて聴こえた声にハッとした。 「あれ、一真くんだ。久しぶり〜」 振り向くと明里先輩のにこりと向けられた笑顔に罪悪感を覚えた。 「おい明里、さっき渡したものをそうやってすぐ忘れていくなよ。これだからお前は・・・」 「ごめんね、まーくん」 あとから来た昌樹の手には一緒に買いに行った店の袋だった。 まーくんなんて親しい人しか呼ばない。先程抱き合ってたのもそれは二人の関係が物語っている。 でもなんで俺にキスしたの。やっぱりあれは夢だったのだろう。妄想が現実にと昌樹も同じ気持ちなのだと喜んでいたけど違った。ただの俺の勘違いだ。 「これ一真くんのだよね?大丈夫?」 「・・・すみません。」 受け取って顔を上げると後ろの昌樹と目が合い、驚いた表情の後目線を逸らされるのを見て更に苦しくなる。 もうその場に居られなくて重たい足を無理やり走らせた。 「一真くん!待って!」 冷たくて寒い。苦しくて辛くて。 知らずに降っていた雪が冷たい身体と心を冷やして行く。 もう辞めよう。もう忘れよう。 積もり出来上がった恋心は崩れてしまった。 「どうして、いつもこうなんだ」 ゆっくり足が止まっても白い息は止まることは無い。開いた掌に落ちる雪は積もることなく小さくなりやがて消えていった。

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