4 / 8
02
二人は一日の疲れを拭 うかのように、小さなお猪口 に口をつけた。言葉少なに、しかし確実に近付いてゆく二人の距離。
「……課長は一人暮らしなんですよね」
「そうだ。若くして結婚して、離婚してね。以来しがない寡 暮らしさ」
「……そうっすか」
曾川から視線を外して、佐々木はそっと俯 いた。細いうなじが仄 かに桜色に染まっている。酒に強い曾川と同じペースで酒を口にする佐々木。まるで曾川との夜を楽しんでいるかのようで、曾川は悪戯に胸が騒いだ。
曾川は両刀遣い だ。否 、離婚からこちら、同性しか愛せない身体 だ。それをひた隠して仕事に打ち込んで来た。プライベートを仕事に持ち込むことは、曾川にとっては恥ずべきことだったから。
「……課長、酒強いんっすね」
佐々木の口調がやけにゆっくりになって来た。旨い酒は酔いが回るのも早いもので、佐々木はすっかり酔い潰れていたのだ。
「佐々木くん、大丈夫か?」
「……らいじょうぶれす」
まずい。呂律 が回っていない。
佐々木はとうとうカウンターに突っ伏してしまい、二人の前には二十本程の銚子 が転がっている。
「お、おい、佐々木くん!」
軽く揺すってやった刹那、佐々木はむくりと身を起こし、曾川の肩に頭を預けた。
佐々木の熱い吐息が曾川の耳に届く。佐々木は酔いも手伝ってか少し大胆になっているようだ。吐息はやがて寝息へと変わり、曾川は佐々木を小脇に抱えて店を出た。
「タクシー!」
目の前を通り過ぎようとする黄色いタクシーに向かって手を上げて、停車したタクシーに乗り込む。脇から佐々木の身体をしっかりと抱え、起こさないように慎重に。曾川はその小柄な体格を補う為に空手を習っていた。どうやらそれが役立ったようだ。
「佐々木くん、家はどこだい?」
「……ん」
佐々木からの返事はない。真っ赤だった顔色は土気色に変わり、曾川は運転手に窓を開けてもらい、自分の部屋の住所を告げた。
曾川の膝を枕にすっかり寝入ってしまった佐々木。触れた首筋は熱を帯び、指先で辿 った唇は氷のように冷たかった。冷気が窓から入って来る。
冷たい雨は、いつの間にか雪に変わっていた。
ともだちにシェアしよう!