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第2話
「よう、バアル」
雷神 が雨神 をひょっこり訪ねてきたのは、一週間前のことだった。
「トール!久しぶりだな」
梅雨やゲリラ豪雨の時期はほとんど毎日一緒にいたが、日本列島が寒冷前線にすっぽりと包み込まれてしまった今、雷神や雨神の出番はすっかり減ってしまった。
全能神 は相も変わらず世界中を飛び回っているが、どちらかというと局地的な雨降 が得意なバアルは、毎年この時期は休暇と称して適当に槍を振りながら、ただ、だらりだらりとした毎日を過ごしていた。
「ホットミルクとホットチョコレート、どっちにする?」
「どっちもいらん。珈琲はないのか?」
「んな苦いもん、うちにはねえよ」
ほい、と問答無用で差し出されたホットミルクの入ったカップを、トールは限界まで顔をしかめて受け取る。
バアルは色違いのカップに作りたてのアップルサイダーを縁のぎりぎりまで注ぎ、音を立てて啜った。
「んで、どうしたよ?わざわざ出向いてくるなんて珍しいじゃん」
「ああ……もうすぐクリスマスだと思ってな」
「クリスマスゥ〜?」
バアルはケラケラと笑い声を上げた。
彼の口からそんな言葉が出てきたことが、なぜだかとても面白かったのだ。
トールは、人間界で換算するとバアルより十歳くらい年上だ。
天上界ではそれほど大きな差ではないが、雷神として活躍するトールの身体は雨神のバアルよりひと回りもふた回りも大きい。
鍛え抜かれた全身は分厚い筋肉に覆われ、その上を濃い赤毛がもじゃもじゃと飾り立てている。
そんな風貌のトールが、真面目な顔で『クリスマス』などと宣 うとは。
「なんだよ、急に。人間界の祭りになんて興味なかったんじゃねえの?」
「祭りに興味はないが……お前、なにか欲しいものないのか?」
「は?」
「クリスマスプレゼントだ」
「クリスマスプレゼントォ〜?」
バアルは、また声を上げて笑った。
だが思いがけずトールの真摯な紅い瞳に見つめられ、頬の筋肉を引き締める。
居心地の悪さを咳払いで誤魔化し、長い指で顎のラインを引っ掻いた。
「や、急にそんなこと言われても……別にねえよ、ほしいものなんて」
「そうか……」
「トールはあるのか?欲しいもの」
何気なかったはずのバアルの問いかけは、トールの肩を大きくいからせた。
「トール?」
「お前の時間がほしい」
「へ……?」
「12月25日は、俺と一緒にいてくれ。ずっと」
「別にいい、けど……」
わけがわからないままバアルが頷くと、トールは唐突に立ち上がった。
慄 くバアルの前でさっさと帰り支度を整える。
ごちそうさま、と差し出されたカップはいつの間に空になっていた。
「ト、トール!」
「ん?」
「クリスマス、一緒にいて……なに、すんの……?」
「それは当日のお楽しみだ」
じゃあな、と意味深げな微笑を残し、トールは消えた。
「いったいなんのつもりだよ……」
クリスマス?
プレゼント?
かれこれ千年の付き合いになるが、季節のイベントごとを気にしている様子を見るのは初めてだった。
それだけじゃない。
最近のトールは、おかしいのだ。
人間界の×× をオカズにひとりエッチする。
そんなバアルの日課に、トールが手を出してくるようになった。
『お楽しみか?なら俺が手伝ってやろう』
その大きな手で、時には口に含んでまで、トールは全力でバアルを気持ちよくさせた。
そしてついにバアルが堪えきれずに吐精すると、痙攣する身体をそっと抱きしめ、優しく囁くのだ。
好きだ――と。
トールは、千年間続いてきたふたりの関係を変えようとしている。
それがバアルには、怖くてしかたなかった。
なぜ、今まで通りではいけないのだろう?
バアルだって、もちろんトールは嫌いじゃない。
ただ、むず痒くてしょうがないのだ。
自分だけに向けられる、慈しむような暖かい視線。
兄が弟に言い聞かせるような、優しい声音。
細い身体を、守るようにすっぽりと覆い尽くす熱い肌。
そのどれもが嬉しくて、でもものすごく怖くて、なにがなんだか分からなくて、全然納得できない。
「くそっ……」
相変わらず寝付けない身体を無理やり捻り、バアルはゴロリと寝返りを打った。
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