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第5話 忘れたい過去とざわつく心①
2 忘れたい過去とざわつく心
暁人は、昔からあまり人付き合いというものが得意ではなかった。
それでも友達は少ないなりにいたし、学生時代はそれなりにやって来た。
初めて務めた職場はこの辺りではそれなりに何の知れた大企業で、そこに就職が決まった時、友人には酷く羨ましがられたものだ。
仕事は真面目にこなしていた。人間関係も仕事上はそこそこ円滑だったはずだ。
それが、一瞬で崩れる──ほんの些細なことがきっかけで。
最初に訪れた変化は同僚たちの自分に対する距離感。いつの頃からか、同じ部署内の同僚が自分を見て何か悪意のある囁きをするようになり、距離を置かれ、そのうち嫌がらせをされるようになった。
『──なぁ、柴嵜。おまえ、毎週男とホテルで何してんの?』
『は……? 何のことだよ』
『何度か、見たんだよ。おまえが男とホテル入ってくとこ』
そう言って不敵な笑みを浮かべた同僚に、まさに暁人とその相手がホテルに入って行く現場写真を社内の一斉メールによってばら撒かれた。こういったスキャンダラスなネタの拡散能力というものは極めて高く、あっという間に社内にその噂が広がっていった。
噂が広がってからというもの、その嫌がらせの質も大きく変わった。
『なぁ、柴嵜。男同士ってケツ使ってやんだろ? 危ないことされたくなかったら、大人しくしろよ』
複数の同僚に終業後に呼び出され、フェラを強要されるといった性的嫌がらせの日々が始まった。
逃げたいと思っても、助けてくれる者は誰一人としていなかった。仲がいいと思っていたはずの同僚でさえ、見て見ぬふり。そういった嫌がらせに加わらないだけまだましなほうだった。
会社を休めば、脅しのメールが来る。幸い家族には気づかれなかったが、実際に嫌がらせを受けている行為の最中の写真を家に送り付けられたこともあった。
『ほんと、キモ……! おまえよく同じ男のモン咥えられんな』
『こいつ、喜んでるんじゃね。マジ変態だな』
にやりとした同僚の笑い顔に、暁人は恐ろしさのあまり身震いした。
はっと目を覚ました暁人は、慌てて辺りを見渡した。見慣れた自宅マンションのベッドの上であることにほっとして、激しい動悸を抑えるように大きく深呼吸を繰り返した。
「……またこの夢」
何度も繰り返し見る過去の夢。目覚めるたびに、ほっとする。
──ああ、夢でよかったと、心の底から思うのだ。
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