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第33話 感情を抑える方法③

   *  *  *  パールの間で行われていた宴会が終わり、同じ宴会場の担当だった立花と翌日のスタンバイを済ませてパントリーに戻ると、先に仕事を終えていたスタッフに「お疲れ」と声を掛けられた。 「ちょうどよかった。私たち、先に上がるから。ゴミ捨ても済んでるし、あとお願いね」  あとと言っても、すでにパントリーの片付けも済んでいるようで自分たちもこのまま帰るだけのようだ。 「もうやることなさそうだね。柴嵜くん、私たちもあがろっか」 「はい」 「ていうか……竹内くんと葉山さんどこ行ったんだろ? 竹内くんはもしかしたら先に帰ったのかもしれないけど、葉山さんいないなんてねぇ」 「確かに、そうですね」  暁人はパントリーの中をぐるりと見渡して、備品棚の真ん中あたりを見た。 「あ、でも。竹内さんもまだいますよ。ほら、このスマホ竹内さんのです」 「ああ、ほんとだ! 二人ともどこ行っちゃったんだろ? ま、でも荷物あるなら戻って来るでしょ。私たちは、先に上がっちゃおう」 「そうですね」  暁人たちがパントリーを出ようとしたそのとき、パントリーの隣の従業員階段を誰から駆け上がって来る足音が聞こえて階段のところで立ち止まった。 「なんだ、竹内くんいるんじゃない」 「おおっと、立花さん! みんなは?」 「先に上がったわよ。私たちももう帰るとこ。ところで葉山さんは?」 「あー、ちょっと医務室に」  竹内の言葉に立花と暁人が驚いて声を発したのはほぼ同時だった。 「医務室?」 「あー、なんか葉山さん熱あんだよね。担当のガーネット早く終わったからそのまま医務室で休ませてたんだよ。俺たちも帰るとこ。荷物取りに来たんだ」  荷物と言っても二人の荷物はスマホと財布くらいしか見当たらなかった。竹内はパントリーに入って二人分の荷物を手にすると、そのまま電気を消して扉の鍵を閉めた。 「それじゃ、お疲れさま。悪いけど私は帰るね。葉山さんにお大事にって伝えといて」 「了解。立花さんも気を付けてね」  そう言った竹内と共に、彼女の背中を見送った。 「柴くんも帰んな」 「葉山さん……熱高いんですか?」 「そこまでじゃないんだけど、あの人普段電車だろ? さすがに心配だから今日はタクシーで帰そうと思ってさ」  確かに熱があることを考えるとタクシーを利用するのが一番だろう。 「あの……もしよかったら、俺が葉山さん送って行きましょうか? 家、近いですし」  そう言ったのは、このまま葉山を送って行くと思われる竹内のことを思ってのことだ。  竹内は職場から歩いて五分ほどの社員寮に住んでいる。葉山を送ってまたここまで戻ることを思えば、方向が一緒である自分が送るほうが効率的だと考えたからだ。 「え? 柴くんが? あ、そういえば駅も一緒だったよね。マジで頼んじゃっていいの?」 「はい」  普段から竹内には世話になっている。この程度のことで彼の役に立てるのならお安い御用というものだ。 「じゃあ、頼むよ。着替えたら先に医務室行ってて。俺、パントリーの鍵フロントに返却してから行くよ」 「分かりました」  暁人はそう返事をすると、従業員更衣室で手早く着替えを済ませて医務室に向かった。  医務室とは名ばかりの実に簡易的な部屋で、体調を崩したスタッフが身体を休めることができるベッドと常備薬と救急セットが置いてある程度のものだ。暁人も勤務中に一度、頭痛薬を貰いに行ったことがある。  

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