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第38話 裏腹な想い③

「腹減ったな。このまま飯でも行くか」 「あ……はい。付き合います」 「お。珍しく素直。用済んだら帰るって言い出すかと思ったわ」 「……さすがにそこまで図々しくないです」  弁償という名目ではあるが、葉山に物を買って貰っておいて、さすがにこのまま帰るなどと言い出しにくかったことは否定しない。  葉山が休みの時にたまに行くという定食屋でゆっくり食事をした。基本、葉山が何か聞いて暁人がそれに答えるという感じなのだが、話題を膨らませることも苦手な暁人に嫌な顔一つせずに話題を振り続けてくれる葉山の優しさがひしひしと伝わって来た。  どうしてこの人はいつも──。  職場の上司としてならこれ以上ないくらい最高の上司だと思う。厳しいところもあるが、面倒見がよくて部下にも慕われている。暁人だってそんな葉山が嫌いなわけじゃない。  けれど、距離感を間違えてはいけない。葉山が暁人に優しいのは、ただ単に自分の直属の部下だからというだけなのだ。  そんなことは分かり切っているはずなのに、少し優しくされただけで持ってはいけない感情が心に芽生えてしまう自分を必死に頭の中で戒めた。 「それじゃ、今日はありがとうございました」  駅からほど近い大通りの交差点のあたりで今夜の礼を言った。 「おう。気を付けて帰れよ」  ひらひらと手を振った葉山に背を向けて、点滅しかかった信号を渡ってしまおうと走り出したその時、向かいから走って来た自転車と軽く接触し、暁人は身体のバランスを崩して歩道に倒れ込んでしまった。  自転車は倒れた暁人に気付かずにそのまま走り去ってしまったが、それを見ていた葉山が血相を変えて慌てて駆け寄って来た。 「おい、柴! 大丈夫か?」 「あ……はい。ちょっとバランス崩しただけなんで」  暁人と葉山がいるところを人波が器用に避けて行く。歩道に(うずくま)る男二人に通行人が注目しているのを肌で感じ、とりあえず交差点から離れ、通行の邪魔にならないところへと葉山に支えられ移動した。 「怪我ないか?」 「平気です」  実際、軽く尻餅をついたが、その拍子に手のひらを少し擦りむいた程度で怪我というほどでもない。少しだけ血の滲んだ手のひらについた砂利を払って葉山に見せると、彼がほっとした顔をした。

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