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第52話 怯えた猫の扱い方③
柴嵜が勢いで自分を部屋に誘ったのだろうということはなんとなく予想がついていたが、彼の部屋に足を踏み入れてすぐ葉山は少し後悔した。
ゲイであることを隠し、他人を寄せ付けないよう生きて来たため、親しい友人がほとんどいないと言っていた柴嵜が、部屋に人を招き入れること慣れていないということがすぐに見て取れたからだ。
もちろん表面的にはそれなりの付き合いをしてきたのかもしれないが、やはりプライベートなスペースに他人を引き入れるということをしてこなかったのであろうということが、すでにその挙動に表れていた。
「そ、そのソファに座っててください。コーヒー淹れます」
と言ってキッチンに入って行った柴嵜が、慣れない状況に余程テンパっているのかケトルをいきなり床に落としたり、カップを転がしたりと危なっかしい事この上ない。
黙って座って待っているのが心配になるレベルの動揺に、葉山はカウンター越しにキッチンを覗き込んで思わず口を出していた。
「柴、コーヒーはいい。冷たいお茶とかあればそっちのほうがありがたい」
「だったら──麦茶なら、ありますけど」
「じゃ、それで。いいから、ちょっと落ち着け。な?」
葉山が言うと、柴嵜がはっとしてようやく冷静さを取り戻したようだった。
物は決して多くはないが、必要最低限の食器が棚に揃っている。男の一人暮らしにしては綺麗に片づけられたキッチンに、普段から丁寧な仕事をする柴嵜らさが出ていると思った。
「綺麗にしてんだな。柴は、仕事ぶりもきっちりしてるもんなー」
「これ、どうぞ」
柴嵜が二人分の麦茶をグラスに注いでカウンターに置き、葉山がそれを受け取りリビングのローテーブルに運んだ。
暁人とは対照的に他人の部屋を訪れることに慣れている葉山が最初に促されたソファに寛ぐように座ると、柴嵜は葉山から敢えて距離を取るようにテーブルを挟んだ向かい側の床に足を崩して座った。
「はは。変な奴だな。なんで家主のおまえのほうがそんな隅で緊張してんだよ」
「すみません……いままで、人を部屋に招いたことがないんでどうしていいか」
「ないって……いままで、誰も?」
葉山の問いに柴嵜が恥ずかしそうに頷いた。
「俺が初めてってことか? てか、いいのか。かなり無理してんじゃないのか」
「いや。無理はしてないです……かなり頑張ってはいますが」
「頑張る……?」
葉山が訊ねると「はい」と柴嵜が頷いた。
「この間、葉山さんは俺自身の気持ち大事にしていいって言ってくれましたけど……こんなの普通じゃないって分かってます。気持ち悪いって拒絶されなかっただけマシだし、正直なにを頑張ればいいか分からないけど、まずは……葉山さんに俺のこと知って欲しいと思ったんです」
そう言うと柴嵜はローテーブルの上のグラスを手に取り、ゆっくりと麦茶を飲んだ。
「俺、自分のこと隠したくてずっと逃げてたし──葉山さんに一方的に気持ち伝えたけど、そもそもよく知らない相手に好意の持ちようがないなって思って。高望みするつもりなんてないけど、少しだけ葉山さんに近づきたいって思ったんです。じゃなきゃ、あなたが気持ち認めていいって言ってくれた意味がなくなる気がして──」
そうはっきりとした口調で言った柴嵜の姿が、葉山の目にはとても清々しく映った。
柴嵜が自ら自分を知って欲しいと言い出すなんて、これまでの彼なら考えられなかったことだ。
「……なるほどな。じゃあ、今日はおまえの何を教えてくれるつもりだ?」
葉山が訊ねると、柴嵜がバツの悪そうな顔をして黙り込んだ。
「もしかして。ノープランかよ」
「……すみません。ほんと、こういうの慣れてなくて。なにしていいのか」
心底困ったように項垂れる柴嵜を横目に、葉山は小さく笑いながら立ち上がってリビングを見渡した。
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