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第54話 怯えた猫の扱い方⑤

 戸惑いがちに自分を見つめる柴嵜に、もっと触れてみたいという欲はある。  それがただの興味なのか、何なのかは分からない。ただ、もっと触れてみたいと思う時点で、自分にとって特別なのではないか。例えば、いま自分の目の前にいるのが他の男だったとして、自分を好いてくれていると分かったとして──いまの自分と同じようにもっと触れてみたいなどと思うだろうか。  柴嵜の顎を指で引き上げて再びそっと唇を重ねた。啄むように唇と舐めると、柴嵜がきゅっと閉じていた唇を少し開けて躊躇いがちに葉山のキスに応える。もっと奥に触れたくて舌で唇をこじ開けると柴嵜もそれに応えた。深くなっていくキスが次第に熱を帯びはじめ、互いの口の端から熱い息が零れる。 「……んっ、ふ。はぁ……っやまさ」  柴嵜の身体からゆっくりと力が抜けていくのが分かり、葉山はそれを利用して柴嵜の上体をソファに押し付けた。逃げられないよう背もたれに追い詰めて、もっと深く柴嵜の口内に触れる。綺麗な歯列をゆっくりとなぞってその造形を確かめ、中で躊躇いがちに動く彼の舌を捕まえて味わう。 「……んっ、ぁ」  時折柴嵜の口の端から漏れる小さな声を聞きながら──全然、アリだ、と思った。  男である柴嵜相手に普通に興奮している。もっと言えば、欲情している。その証に、身体の中心に向けて熱が集まり、その熱が硬化しているのを確かに感じていた。  キスを続けながら柴嵜の上体に手のひらを這わせると、彼の身体が反応した。男の身体に愛撫を施すなんて初めてのことで何をどうすればと思ったが、結局男も女も敏感な箇所は変わらないのかもしれないと、そっと指の先で胸の小さな突起を引っ掻くと柴嵜の口から小さな喘ぎに似た声が漏れた。 「可愛い声出すんだな」  葉山が言うと、柴嵜が恥ずかしそうに腕で顔を隠した。そのまま行為を中断するように起き上がろうとする柴嵜を腕一本で押さえつけた。 「あの……葉山さ、待ってくださいっ。やっぱりこんなの……無理だと」 「無理ってなにが?」 「だから、こういうのが……!」 「どうして無理だっておまえが決めるんだよ。無理だったら勃たねぇだろ、普通」  葉山の言葉に、柴嵜が驚いたように「え」と短い言葉を発した。 「信じられないなら、確かめてみるか?」  そう言って柴嵜の手を取り、そっと自分の下肢の熱を持った部分へ導いた。柴嵜の手のほんの一部分がそこに触れただけで、彼がはっとしたように葉山を見つめた。 「な? そういうこと」  葉山が言うと、柴嵜がそっと手を離して困惑したように両手で顔を覆った。 「ほんと待ってください……俺、夢でも見てんるんですか」  言いながら、柴嵜の耳が真っ赤に染まっていく。職場ではクールだなどと言われている柴嵜の葉山の前でだけ見せるクールとは程遠い表情に、なんともいえない感情が湧き上がる。 「勝手に夢にするな、現実だわ。つーか、柴。さっきから無駄にエロい顔しやがって」  涼し気な顔がもっと崩れるところを見てみたい。ただでさえ真っ赤に染まっている耳が、さらに赤く染まるのを見てみたい。  もっと踏み込んで触れたら、どんな反応をするのだろう。どんなふうに応えるのだろう。どんな声を漏らすのだろう。そんなことで頭がいっぱいになっていく自身の思考に葉山自身も驚いていた。再びキスをしようと顔を近づけると、柴嵜が葉山の胸を強く押し返した。 「ちょっと待ってください! ホントに!」 「……なんで。嫌か?」 「嫌じゃないけど、怖いです……っ」 「怖い? 俺が?」 「そうじゃなくて。葉山さん、男抱いたことないでしょう。やっぱ無理だってなって、まだなにも始まってもないのに終わるの決定的になるのが怖い……」  そう言った柴嵜が葉山の胸を押したままの手の力を緩めて俯いた。  これまで誰にも受け入れられたことがない柴嵜がそういった意味でノンケである葉山相手に臆病になる気持ちも分からなくはないが、随分と見くびられたものだ。  確かに出来る範囲で受けとめると言ったが、葉山自身簡単に揺らぐようなちっぽけな覚悟で自分に向かって来いと言ったわけではない。 「なぁ、柴──俺がおまえ抱けなきゃそれで終わりにすんのか? 意外に諦め早いんだな。言っとくけど、俺はその程度で終わるつもりはないぞ」  柴嵜がゆっくりと顔を上げ葉山を見つめた。その瞳が小さく揺れている。 「なにも身体だけがすべてじゃないだろ。──けど、必要ないとも思わない。少なくとも、いまおまえに触れたいって欲はある。お互いのしたいこと少しずつ擦り合わせていけばいい。そうだろ? だからすぐに諦めようとするな。逃げようとするなよ」  葉山が言うと、柴嵜の瞳の揺れが止まった。 「おまえはただでさえ遠慮がちなんだから、もうちょっと図々しくなれ。まえに竹内にも言われてたろ? したいことはしたい、無理なことは無理なままでいい。でも、気持ちだけは正直に言え。俺に触れられんの、嫌か?」  柴嵜がしばらく黙ったまま動きを止めたが、やがてふるふると首を振った。 「嫌じゃ、ないです……」  その返事に満足して柴嵜に身体を寄せると、再びやんわりと身体を押し返された。 「おい──今度はなんだ?」  不満げに小さく頬を膨らませると、柴嵜が身体を起こして葉山の胸に手のひらを添えた。 「あの、だったら……俺から触れてもいいですか。俺が、葉山さんに触りたい」  普段の柴嵜の様子からこういったこともどちらかといえば受け身なのかと想像していたが、彼が初めて口に出した要望に葉山は「どーぞ、お好きに」と身体の力を抜いた。

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