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黙して語らず(2)
「縁はどこに住んでるんだっけ?」
メインの肉にナイフを入れながら環が聞く。
「二駅隣」
「じゃあ、ここを選んだ俺はあながち間違いじゃなかったんだ」
肉を頬張りながらふと首をかしげる。
「ずいぶん良いとこに住んでるね?実家?」
縁は苦笑した。
「姉貴のマンションに居候してるんだ。寮と違ってこっちは家賃が馬鹿高いから」
「まあ、そうだよね。お姉さんは仕事は何を?」
「医者」
「はー、俺らとは基準が違うわけだ」
環は大仰に眉を上げる。
「俺もね、兄貴がいるんだ。嫁さんとレストランやってるんだけど。面白いから機会があったら連れてってやるよ」
意味ありげにニヤリと笑う。
「面白い?」
「中身は行くまでのお楽しみだよ」
「なんだろ」
縁は首を捻って笑った。
◇ ◇ ◇
食事を終えて再び部屋に戻った。
わずかな間とは言え、二人きりで会話を交わしたことで、だいぶ打ち解けてきていた。
「さて、俺はまだ飲むつもりだけど。縁はどうする?先にシャワー浴びてくるか?」
「シャワー浴びてこようかな」
「ん。行っておいで」
環が片手を挙げる。
シャンパンと食事中に飲んだワインで、ほろ酔いまではいかないまでも少しいい気分になっている。
服を脱いで浴室に入り、シャワーのバルブを全開にする。
肌を打つ熱いシャワーが心地よい。
爽やかな匂いのする石鹸を泡立てて体を洗うと、まだわずかに心にしがみついていた迷いも一緒に排水溝へ洗い流せる気分になる。
そもそも何を迷っていたのか?迷う理由なんてないじゃないか。
楽しけりゃいい。やりたいことをやればいい。
それがモットーじゃなかったか?
今までの人生、大部分をそうして生きてきた。
最近になっておかしくなったんだ。
最近になって。
奏太に会って。
縁はふっと我に返ると、何かを振るい落とすように手首の付け根でとんとんとこめかみを叩いた。
◇ ◇ ◇
バスローブを纏った縁は部屋に戻り、苦笑してみせた。
「酔いがさめちゃいました」
環がソファから半身を捻ってこちらを向く。
「そりゃいけない。こっちにおいで」
テーブルの上には、シャンパンボトルにならんでウイスキーのボトルが置かれていた。
縁が環の隣に腰を下ろすと、空いたグラスに琥珀色の液体が注がれた。
「どうも」
手を伸ばそうとする縁を環が止める。
「その前に」
環が目を細める。
「丁寧語は駄目だって言ったろ。これから敬語、丁寧語を使ったら罰としてキス一回だ」
「ええ?」
縁が笑うと、
「君がするんだよ」
環も意地悪く笑い返す。
「はあ」
縁は息をつくと、身をのりだして環の肩を掴み、キスをした。
「これでいい?」
「上出来だ」
縁は注がれたウイスキーを一口飲んだ。
喉の奥がかっと熱くなる。
「環さんもシャワー浴びてきたらどうですか?」
にやりと笑って縁は勧めた。
「おい」
今度は唇を重ね、舌を絡める。
湿った音が密かに滴る。
「縁くんはなかなかいい性格をしてらっしゃるようで」
環も反撃する。
少し乱暴に唇を奪う。縁の頭を抱いて、噛みつくように縁の舌をなぶる。
片手がバスローブの下に忍び込んだ。
しばらくして環が離れると、片頬で笑った。
「分かった、俺の敗けだ。これじゃ俺がシャワー浴びれないじゃないか」
「ふふ」
「罰はなしだ。でも敬語もなしだからな」
指を突きつけてそう言い置いて、環も浴室へ消えた。
縁は夜景を眺めながら、ウイスキーを少しずつ飲む。
膝を抱え、ふとグラスを目の前にかざしてみると、ビルの明かりと車のライトが、魚のように黄金の海を泳ぎだした。
ウイスキーを注ぎ足して、海を広げてやると、赤や白、青の魚がところ狭しと泳ぎ回る。
少しずつ、少しずつ海が干上がっていく。
二杯目を飲み終えたところで環が浴室から戻ってきた。
「なんだ、ちょっと出来上がってるじゃないか」
目元を赤く染めた縁をからかい、側に腰かけて縁を抱き寄せた。
「気に入ってもらえたのかな?」
「うん。美味しい」
縁が微笑むと、環はそのこめかみに口づけた。
「その笑顔に惚れたんだって言ったろ?あんまり笑ってくれるな。俺が酔っぱらっちまう」
環もグラスを傾ける。縁はこく、こくと喉仏が上下するのを見守った。
「なんだよ?」
環が縁の視線に怪訝そうな顔をする。
「なんでもないよ」
縁も琥珀色の液体を一口含んだ。
「環さんは日焼けしてるの?それとももともと?」
「もともとこの色だよ」
「いいなあ。かっこいい」
「そりゃどうも。でも縁は焼けてないほうが魅力的だと思うな」
「そうかなあ」
縁は己のバスローブの中を覗いて首をかしげる。
「だってその方が、」
環は言葉を切ると縁の胸元に強く口づけた。
「綺麗に痕が残るだろ?」
「残さないでよ、もう」
二人揃ってくすくす笑った。
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