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黙秘

小鳥を愛でるのは難しい。 ましてそれが野鳥であればなおさらだ。 運良く樹の枝に止まってくれればいいが、今度はいつ飛び立ってしまうかと気が気でない。 かごの中から空を眺める小鳥だと思って飼い始めたが、かごは環の見間違いで、実際は空に恋い焦がれる野鳥だったらしい。 しかし、今さら手放すには情が移りすぎていた。 大人しく鳥かごに入ってくれる小鳥であれば、こんな苦労はしないのに、と環は焦っていた。 考えた末、空へ一通の手紙を飛ばした。 ◇ ◇ ◇ 「よう、香住。すまなかったな急に呼び出したりして」 「いえ、暇ですから」 環と奏太はスペインバルの喧騒の中にいた。 「暇かぁ。そりゃ営業としてはもうちょい頑張らねえとな」 環は腕捲りをして奏太をからかう。 「あ、いや。すみません。定時後は暇、ということです」 奏太は苦笑して訂正した。 「それはともかくとしてだ。この間の土産話、ありがとな。おかげで大口の話を取ってこれそうだ」 「お役にたてたなら何よりです」 「なんで、二課の色男とは仲良くしておいた方が何かとお得だと思ってな。今日誘ってみた」 「プレッシャーかけてきますね」 「まあ、気楽に適当に飲んでくれ。何がいい?」 「ビールをいただきます」 「俺はシェリーかな。……おい、兄さん!」 適当にオーダーをして、話を戻す。 「しかし、香住はずいぶんとあちこちに便利に飛ばされてるな」 「いろんな現場が見れるので、勉強だと思ってます」 「それにしても、もうお勉強も十分だろ。そろそろ部長に媚売っといた方がいいんじゃねえのか?」 「どうもそういうのは苦手で」 「いやいや、そんなこと言ってると、そのうち沖ノ鳥島とか飛ばされかねねえぞ」 「護岸工事でも請け負いますか」 下らない話をしているうちにオーダーした品が運ばれてきた。 「乾杯」 「お疲れ様です」 「実際なあ、香住がいないと二課の士気が駄々下がりだぞ。特に女の子」 「代理の平坂さんがうまくやってくれてますよ」 「でもおっさんだからなぁ。女の子にとってはおっさんからの仕事より、美形から振られた仕事の方がやりがいがあるってもんよ」 「そうですか?」 奏太が苦笑すると、環はオーバーな仕草で答えた。 「香住がいないときの二課を見せてやりたいよ。俺のつまんない冗談ですら笑ってくれるんだから」 「織江さんは本当に神出鬼没ですよね」 「いやいや、俺はうまい話が転がってそうなところに行ってるだけよ。……うまい話っていえば、香住、ヘッドハンティングもしたそうじゃないか」 織江はシェリー酒を一口含んだ。 「え?何のことです?」 心当たりがない顔をする奏太に、環が指を突きつける。 「ほら。あの……一課の」 「え、遠山くんですか?」 「そうそう。香住、愛媛に行って引っ張って来たんだろ?」 「はは。違いますよ。たまたまタイミングよく遠山くんが異動しただけです」 「ん?俺が聞いた話じゃ、香住を尊敬してるって言ってたぞ。一緒に向こうで仕事してきたんだろ」 「異動した動機の細かい内容までは知らなかったんですが……そうですか」 「愛媛で重宝されてたらしくて、だいぶ無茶言ってこっちに来たそうだぞ。やるな、この色男」 環が奏太を肘でつつく真似をする。 「実際、遠山がこっちに来てからも仲良くしてんだろ?」 「え、ええまあ、昼食食べたりはよくしてますけど」 奏太が一瞬視線を泳がせる。 「どうせなら二課に入れてやればよかったのに、何で一課なんだ?」 「一課の方が人手不足が逼迫してたみたいですよ」 「ふーん。落ち着いたらそのうち二課に引っ張ってやれよ。遠山くんだって香住の下で働きたいだろ」 「そうですかねぇ」 奏太が微かに警戒するような顔をみせた。 「なんだよ、香住は乗り気じゃないのか?」 「いえいえ、正直に言えば、遠山くんのスキルは喉から手が出るほど欲しいですよ」 ビールジョッキを空にすると、首を傾けた。 「なんだかいやに固執しますね?今日のメインは遠山くんですか?」 「いや、話の流れでたまたまだよ。分かった、話を変えよう。営業一課で最近結婚したやつがいてな……」 環はポケットの中で汗をかいた手のひらを握りしめた。 ◇ ◇ ◇ その後は無難な世間話をして、二人は別れた。 環はイライラしながら自宅へ帰る。 こんなに物事が思い通りに運ばないのは久しぶりだ。 結局分かったことと言えば、奏太は縁と仲良くはしているが何か思うところがあるらしいこと、そのわりには、縁の話をしている時、奏太が笑顔だったこと。 環の知っているところでは、奏太には付き合いの長い彼女がいたはず。なのにこの反応はどういうことだ? 「畜生」 罵りながら酒瓶の並んだ棚の前に行き、スコッチをグラスに注ぐ。 立ったままグラスを空け、次を注ぐ。 悪口雑言が止まらない。 椅子に腰掛け、頭を整理する。 奏太は女がいながらも縁に対してある程度の好意を持っている。それがどこまでのものかはさっぱり分からない。 縁は環に体を許してはいるが、奏太に恋い焦がれている。 「そして俺ときたら、縁に首ったけときた。クソッ」 机の足を蹴るが、自分の足が痛むだけ。 今夜は眠れそうにない。

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