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小鳥に捧げるセレナーデ(1)

昼休み、奏太と昼食をとりながらテニスの話題で盛り上がった縁は、午後の業務が始まっても機嫌がよかった。 「山根さん、この資料って元ネタどこにあるんだっけ」 「あー、深いとこにあるんでメールでパス送ります」 「お願い。ありがとう」 鼻唄を抑えながら手持ちのタスクを消化する。 ふっと、ムスクの香りがしたと思うと、環が縁の横を素通りして円に話しかけていた。 「なあ、円ちゃん最近駅向こうにできた日本料理屋行った?」 「あー松膳でしたっけ?まだ行ってないんですよー」 枯れた声で円が答える。 「すんごい声してるね……ん、なんか薬臭いんだけど」 「あ、すみません。喉腫れててのど飴舐めてるんで」 環がたじろぐ。 「のど飴なの?!この匂い。年頃の女の子が出していい匂いじゃないぜ」 「大丈夫っす。もう年頃過ぎたんで」 「何言ってんの、まだこれからだろ……いや、やっぱりすごいなこの匂い。おばあちゃんの匂いだ」 「はあ。私もとうとうおばあちゃんに」 冗談か本気か、真顔で円が言った。 「いや、だからまだ年頃だって。まあいいや、お大事にね」 「ありがとうございます」 そのまま環は立ち去っていった。 いつもなら縁にも一言二言ありそうなものなのだが。 まあそういうこともあるか、と縁は仕事に戻った。 ◇ ◇ ◇ 縁が家に帰りつく頃、Olivierからメッセージを受信した。 環>>『今度の三連休予定ある?』 縁>>『ないよ』 環>>『じゃあ、土日空けといてよ』 環>>『ドライブ行こう』 縁>>『いいよ』 環>>『土曜の13時に迎えに行くから』 縁>>『了解』 環からの誘いは久しぶりだ。 前回から一ヶ月くらいも開いた気がする。 会社でもあまり会話もなく、飽きてきたのかとさえ思っていた。 気まぐれなのはお互い様なので、あまり気にはならないが、どうやらまだ関係は続いていたようだ。 「新人くんからの告白でからかったのがまずかったかな……。まあいいや」 一人呟いてリビングに向かった。 ◇ ◇ ◇ 金曜日の夜、当直明けで起きてきたまりあが気力を余らせている。 ソファに座っていた縁の背後から覆い被さるようにしてチケットを見せてきた。 さっきまでベッドにいたので、甘い花の香りが縁を包む。 「ねえ縁、たまにはプロレス見に行かない?チケット余ってるんだけどぉ」 くっついてくるまりあの頬を手で離しながら縁は聞いた。 「いつ?」 「日曜よぉ」 「ああ、俺、土日泊まりで出掛けてくるんだった」 「そうなのぉ?お泊まりデート?」 「うーん、そうなるのかなぁ」 詳細が分からないので、デートになるかはまだ縁にも不明だ。 「例のおひげのセクシーな方?」 「うん」 「いいわねぇ……じゃあプロレスははると行こうかしらぁ」 はる、とは佐久間晴臣のことで、奏太の幼馴染だ。 縁が奏太に近づくため姉を紹介したら、案外そっちの方が付き合いがうまくいっているという縁にとっては複雑な状況だ。 「大丈夫?」 「派手な技が多いから、初心者でも楽しめると思うわぁ」 「いや、どっちかっていうとエキサイトした姉貴が何かやらかすんじゃないかって心配なんだけど」 うっかり口を滑らせた縁の頸に、まりあが軽くロックをかける。 「失礼ねぇ。私はいつだって冷静よぉ。それにはるはああ見えて案外丈夫だから大丈夫」 「あ、もうなんか晴臣さんにやったんだ」 「ちょっとだけよぉ。それに、縁にやるようなのはやってないわよぉ」 「俺にやるのって、四の字固めとか?そんなの素人にやっちゃだめだよ」 「やってないって言ってるでしょぉ。そっかぁ縁土日いないのねぇ。はる呼んじゃおうかしらぁ」 まりあがうきうきと腕をほどいた。 「あ、いいじゃん。そうすれば。ちなみに、俺明日の昼過ぎには迎えが来るから」 「え、迎えに来るのぉ?会ってみたいわぁ」

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