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小鳥に捧げるセレナーデ(4)

辺りの景色が変わり、いかにも高原の避暑地といった趣の林道の中を車が行く。 「さーて、どこ曲がるんだっけな」 環が運転席から身を乗り出して辺りを見回す。 「え、大丈夫?」 「おう、まかせとけ。……んーと、ここか?」 緑の濃い道を曲がり、しばらく道なりに走っていくと、煉瓦造りの洋館が見えてきた。 「よし、着いたぜ」 裏手に車を止めると、勝手口と思われるドアをノックした。 ……が、反応はない。 「ったく、兄貴の野郎」 環は毒づくと携帯電話でどこかへ電話を掛けた。 「あー、兄貴?今着いたんだけど。中入れてくれよ。……え、表?」 電話を切ると建物の正面へ向かう。 ステンドグラスが嵌まっていて凝った造りのドアだ。 横に"Angel"とサインがある。恐らく店名だろう。 "closed"の札が掛かっていたが、環が引くと外に開いた。 中はテーブルや椅子がならんでいて、レストランらしい内装だ。 ただし、今は椅子が全てテーブルの上に載せられていて開店準備中と見える。 ホールの奥にはカウンターと厨房があり、やや手前にグランドピアノが置いてある。右手には二階へ続く螺旋階段が設えてある。 「よう、久しぶりじゃないか環。あと、縁くん、だったかな?話は環から聞いてるよ」 階段を一人の男が下りてくる。 聞き慣れた声と、見慣れた顔に縁が戸惑う。 「はは。そっくりだろ?」 二人が並んで環が笑う。違いは髭の有無と服装くらいだ。 口許の馴れ馴れしい笑みまでそっくりだ。 「双子なの?」 「そう。一卵性双生児ってやつ。俺が髭剃ったらもう分かんないだろ」 「うん」 「初めまして。環の兄の連だ。環が世話になってるね」 「初めまして。遠山縁です」 連が手を差し出して、縁は恐る恐る握手を交わした。 既知の友人と挨拶しているようで、妙な気分だ。 「あれ、歌子さんは?」 環が厨房を覗く仕草をする。 「ん、まだ仕込み中だ。……歌子、今こっち来れるか?」 「うーん、ちょっと待って」 厨房から女性の声で返事があった。 しばらくして、コックの格好をした小柄な女性がマスクをはずしながら奥から姿を現した。 「ごめんごめん、ちょうど手が離せなくって。カンちゃん久しぶり」 「お久しぶりです」 「で、こっちが遠山縁くん?初めまして、織江歌子だよ。……うーん、えにたんって呼んで良い?」 「あ、はい。初めまして」 歌子と名乗った女性は快活な笑顔の持ち主で、エネルギーに満ち溢れているような人だった。 環が言う。 「歌子さんがここのシェフで、兄貴がウェイター兼ヒモな」 「働いてるんだからヒモじゃねえよ」 連が反発する。 「いかにもヒモ面下げて何言ってんだ」 「鏡見てから物を言えよ。髭生やしてる分環の方がヒモっぽいぜ」 軽口の応酬を、歌子が遮る。 「はいはい。そこまでにしときなさい。ごめんねー、私まだ仕込み途中だから、また後でね。……連くん、二階、よろしくね」 「おう」 歌子は足早に厨房へ戻っていった。 「じゃあとりあえず二階に上がってくれ」 螺旋階段を登ると左に廊下が延びていて、ドアが4つ見える。 左側を連が指し示す。 「一番左奥がトイレと風呂だ。その隣の部屋を二人で使ってくれ……同じ部屋で構わないんだよな?」 「変な気の使い方するなよ。同じでいいよ」 環が答える。 「一番右は開けるなよ。散らかってるから」 「誰も好き好んで夫婦の寝室覗いたりしねえよ」 環が舌を出す。 「開店は18時だから、それまではのんびりしててくれ。ああ、二人の席は取ってあるから心配いらないよ」 「さんきゅ。ピアノ弾いていいか?」 「もちろん。というかお前が来るって言ってきた時点で、本日ピアノ生演奏ありって大々的に宣伝してるからな。お陰様で予約殺到よ」 「え、じゃあ俺飯食えないってことか」 「早めに食え。好きなタイミングで30分×2回くらい演ってくれれば十分だ」 「20時と21時半くらいだな。それでただ飯ただ宿と思えば安いもんだ」 「じゃあ、後は好きにしててくれ。俺は掃除が残ってるんでな」 連は片手を挙げると階下に消えた。 左から二番目の部屋を開けると、ベッドが二台とテーブルと椅子が置かれている簡素な部屋だった。 テーブルの上の一輪挿しには、野の花が挿してある。 荷物を置くと、環はベッドに体を投げ出した。 「うー……ん。ああ、この感じ久しぶりだな」 「滅多に来ないの?」 「ちょっと遠くてな」 確かにここまで三時間弱掛かった。 勢いをつけて環が体を起こし、ベッドに座る。 「ちょっとこっち来いよ」 縁を手招くと、後ろから抱きつくように膝の間に座らせた。 「なに?」 「いや、な。髪がさらさらしてるからどうも気になって」 そう言うと首を傾けて、縁の髪の間から覗いている耳を唇でくわえる。 「ちょっ、と」 「ちらちら見え隠れしやがって。誘ってるだろ」 縁がくすぐったがって逃げると、環が追う。 「運転中もずっと横でちらちらしやがって。事故るかと思ったぜ」 「帰りはいつも通りワックスつけるよ」 「いや、それはやめてくれ。つまらない」 環の気が済むまでじゃれあうと、縁の肩を押して立ち上がった。 「さーて、と。ちょっと散歩にでも行かないか?」 「うん。いいよ」

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