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小鳥に捧げるセレナーデ(6)
開店時間になった。
縁と環は連がとっておいてくれた席につき、食事を待つ。
環はいつの間にかスラックスとワイシャツにベスト、ワイシャツの袖をまくってアームクリップで留めるといういつもの出社スタイルに着替えている。
「なんでスーツなの?」
縁が聞くと、
「お客さんの前で演るのに平服じゃまずいだろ」
「あ、そうか」
食事が始まって初めて気づいたが、ここはスペイン料理の店らしい。
オリーブオイルをたっぷり使った料理がラガービールによく合う。
「美味しいね」
「だろ?兄貴は適当だが歌子さんの腕は確かだからな。結構遠くから通ってくる人もいるみたいだぜ」
環がエビのアヒージョを頬張り、ビールを煽る。
「環さん、ピアノ弾くのにお酒飲んじゃって大丈夫なの?」
「これくらいはむしろドーピングだよ。俺のピアノは技術より情熱だから」
ちょうど連が料理をサーブして、環をからかう。
「情熱だけで生きてるみたいなもんだからな。熱が冷めたら死んじまうんじゃないか?縁くん、冷めないようにしといてくれよ」
「えっ」
縁が思わず顔を赤くすると、環が笑った。
「兄貴、たまには良いこと言うじゃねえか」
「もー。やっぱり兄弟だね。言うことが似てるよ」
「俺は兄貴みたいな朴念仁じゃねえぞ」
魚介のたっぷり入ったパエリアを取り分ける。
「ん、美味い」
環が頷きながらパエリアを掬う。
続々と来客し、他のテーブルも埋まり始めてきた。
「おぅおぅ繁盛してるじゃないの」
環のやる気も出てきたようだ。
「環さんがピアノの弾き語りするなんて、俺初めて知ったよ」
「ここでしかやってないからな。あ、学生時代にちょっと酒場でバイトしたか。それくらいだ。照れ臭いから他の奴には言うなよ」
デザートを食べて、食後のコーヒーを飲む。
既に店内は満席だ。
環が手を挙げて連を呼ぶ。
「オルホくれよ。あるだろ?」
「お前……そろそろだぞ?」
「デザート食べたら酔いが醒めちまったんだよ」
ため息をついた連が、小さめのグラスに入った酒を持ってきた。
「えー、これだけかよ」
「1回目が終わったら飲ませてやるよ。縁くんも、ほら」
一口飲んでみると、アルコールが強いが仄かな甘味があって飲みやすい酒だった。
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