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小鳥に捧げるセレナーデ(7)

20時だ。 立ち上がった環は靴音高くピアノの前に進み出ると、胸に手をあてて一礼した。 ピアノと厨房以外の照明がわずかに絞られる。 環がピアノの前に座り、呼吸を整えるように間を開けて弾きだした。 軽やかなワルツ。 続いて、もう少し陽気な曲。 客の中でも数組かが環に注目し出した。 弾き終わると、環は少し間をおいて次を弾き始めた。 イントロだけでも、縁も聞いたことのある曲だ。 環の歌声とピアノの音色が静かにホールに響く。 次第に熱がこもってきて、食事をする食器の音と、客の会話と混ざり合い、渾然一体となってホールを満たす。 どうやら曲をこなすごと、注目を浴びるごとに環のコンディションも上がるらしく、だんだんと声の伸びが良くなっていくのを感じる。先程の技術より情熱と言った言葉を思い出す。 終盤に差し掛かった頃、店の入り口に一組の客が現れた。 どうやら予約はしていない、飛び入りの客らしい。 本日満席で……と言いながら、連が困った顔でちらりと縁の方を見た。 とっさに縁は頷きながら、"退きますよ"と声を出さずに返した。 「席をご用意しますので、少々お待ちください」 と、連が言って縁の方にやってくる。 「ごめんな、ありがとう。助かるわ。二階に席作るから上がっててくれ」 それだけ言うと、飲みかけのグラスをトレーに載せ、縁に手渡した。 螺旋階段を登って二階に上がる。 手すりにもたれてホールを見下ろすと、ちょうど環と目があった。 ……この席は悪くない。 たまに視線を交わしながら、そのままの姿勢で演奏と歌声を堪能した。 環が最後の曲を弾き終えると、割れんばかりの喝采が沸き起こった。 笑顔で一礼した環が階段を登ってくるが、喝采が止まず、階段の途中でもう一度客席を向いて一礼する。 「どうよ、なかなかだったろ?」 二階に上がってきた環は開口一番笑顔で聞いた。 「うん。弾き語りって初めて聞いたけど、かっこいいね。聞き入っちゃった」 「だろ?」 満面の笑みで環は縁を抱き締める。 「あー……、んん!」 すぐ後ろで咳払いがして、とっさに縁は離れようとしたが……環は離さない。縁を抱き締めたまま平然と会話する。 「なんだよ兄貴、邪魔すんなよ」 「いや、悪い。……席作ろうと思ってな」 下から見えないよう衝立を立て、小さなテーブルと椅子を二脚運んできた。 「これでいいかな?……あぁ、あとこれはサービスだ。悪いがここだとサーブできないからな」 ポケットからオルホの瓶を抜き出しテーブルに置いた。 「あと一回、頼むぜ環」 「任せとけって。さっき以上のやつ聴かせてやるよ」 環がにやりと笑って上機嫌で連に指を突きつける。 連が階段を降りていくと、環は一息ついてグラスを傾けた。 「それにしても、縁ナイスプレイだったな。ここ、ピアノからよく見えたぜ」 「お客さんが来て、ちょうどよかったよね」 「そうだな。さて、後半は何弾こうかな……」 環は頬杖をついて指先でテーブルを叩く。 「楽譜とか全然見てなかったけど、全部覚えてるの?」 「ん?実のところ、忘れたところは即興でアレンジしてる。要は止まらないで弾ければいいんだよ」 環が悪戯っぽく舌を出して笑う。 「即興とか、すごいね。家でもよく弾くの?」 「大体電子ピアノだけどな。アップライトピアノもあるけど夜は弾けないからなぁ。気分のいいときは飲みながら一人で弾いてる」 「えぇー、今度俺にも聴かせてよ」 「いいけど、今日の方が楽器も環境もいいから、がっかりするぞ」 縁は少し照れて横を向いた。 「そうかもしれないけど、俺のために弾いてほしいな、って」 環は一瞬不意を突かれたような顔をしたが、うつ向いて頬をかきながら笑った。 「……お前ってやつは、まったく……」 椅子を縁の横に寄せると腰に腕を回す。 「近い内に、な」

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