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小鳥に捧げるセレナーデ(9)
閉店後、縁と環はシャワーを浴びて寛いでいた。
片付けを手伝うと申し出たのだが、そんなことはさせられないと連に固辞されてしまったのだ。
「えいクソ、気が利かねえなこの部屋は」
椅子に腰かけて部屋を見渡し環が舌打ちする。
環は、客室の二台のベッドの間が広く空いているのが気に食わないらしい。
「普通こうでしょ。くっつけて置かないよ」
「そりゃそうだが、俺が来るのが分かってるんだから、レイアウト変えといてくれてもいいじゃねえか」
「無茶言うなあ」
縁は苦笑いして、片方のベッドに寝転がった。
「縁がそっちに行くなら、俺も」
縁を壁側に無理矢理寄せて、環が縁に寄り添った。
「えええ」
縁はもぞもぞと向きを変えて環の方を向く。
環は肘枕で縁を見ている。
環を仰ぎ見る形になった縁はふと手をのばして環の髭をなぞった。
「これ、手入れ大変そう」
「もう慣れちまったから習慣だよ。女性が眉を整えるのと変わらないんじゃないか?」
「ふーん。環さんて髭もだけど髪も結構茶色いよね。染めてるの?」
「いや?兄貴も同じ色だったろ?これが地だよ。新人の頃は逆に黒染めしてて面倒くさかったなあ。昇進してようやく地毛で仕事できるようになったよ」
「確かに、新人でこの色はないよね」
なぞる髭は案外柔らかく、指先に心地よい。
「縁、くすぐったい」
「あ、ごめん」
縁は手を離した。
縁は環の懐に入るように体を丸める。
「今日のさ……」
「ん?」
縁が言いかけて言葉を止めて、環が促す。
「今日の最後の曲、セレナーデって言うの?」
「ああ、うん。そうだよ」
「セレナーデって何?」
「……あー……、古いヨーロッパの話とかであるじゃないか。恋人の窓の下で一晩中歌うやつ。あれだよ」
お互い、照れたように顔を見ない。
「勘違いだったらすごい恥ずかしいけど……俺に歌ってくれたの?」
縁の耳が真っ赤に染まっている。
環は縁を抱き寄せた。
「そうだよ。近い内にやってやるって言ったろ?」
「なんか……聴いてて心が熱くなった」
縁が環の胸に顔を寄せる。
そんな縁が胸が苦しくなるほど可愛くて、環は縁の髪を優しく撫でた。
「当たり前だろ。巧拙はともかく、俺の全身全霊をかけたからな」
つい、と縁が顔をあげた。
肌がほんのり赤く染まって目が潤んでいる。
「俺、薄情だしすぐ気が変わるから、来週は何て言ってるか自分でも分からなくてごめんだけど、今日だけは確かなんだ」
「うん?」
「環さん、好きだよ。泣きたいくらい愛してる」
しばらく、環は言葉が出なかった。
言いたい言葉、言うべき言葉、言おうと思っていた言葉が頭の中を駆け巡って、口まで出てこない。
やがて、環は黙って半身を起こすと、縁を抱きしめて長く深いキスをした。
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