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小鳥に捧げるセレナーデ(11)
ランチタイムは確かに戦場だった。
予約客の他にも、少人数の客が何組も押し寄せてくる。
連と環がホールを縦横無尽に飛び回っている。
「おい兄貴、ランチって何時までやるんだよ」
「13時30分までだぞ」
「マジかよ……あと1時間もある。兄貴すげーな、いつもこれ一人でやってんのか」
「まあな。見直したか」
「ちょっとだけな」
同じ顔のギャルソンが二人いるので、客がたまに不思議そうな顔をしているのは少し小気味いい。
が、それだけで、後はただただオーダーを取り、サーブをし続ける。
次第に、ランナーズハイのように機械的に動くのが心地よくなって来た頃、ようやく客が途切れ始めた。
時計は13時30分を指している。
まだ数組残ってはいるが、連が表の札を"closed"に変えに外に出た。
環はほっと一息ついてピッチャーの水を補充していた。
開いたままのドアから、話し声が聞こえる。
「あ、あの、もうランチタイム終わっちゃいましたか?」
「いや、大丈夫ですよ」
「よかったー!ありがとうございます」
どうやら最後の一組が来たらしい。
「奏太、大丈夫だって!早く早くー!」
女の子のような声が連れを呼んでいる。
「ぎりぎりの時間にすみません」
「いえ、構いませんよ」
応対する連と客の声が続いている。
「……え?織江さん?」
戸惑ったような男の声。
「ええ。織江です。あれ、もしかしてどこかでお会いしましたか?」
「は?いや、織江環さん、では?」
「あー!そちらですか。申し遅れました。私環の双子の兄の連と申します。環がお世話になってます」
「あ、いやこちらこそお世話になってます。同じ会社の香住奏太といいます」
危うく環はピッチャーをひっくり返しそうになった。
「そうですか。環も中におりますので、どうぞ」
小柄な女性と、長身の男性のカップルが入ってきた。
確かに環の知っている香住奏太だ。
「おい、環。お前の知り合いだろ」
連が環にオーダーを取るように促す。
環は縁がホールを覗きに来ないよう祈りながら、奏太たちのテーブルへ寄った。
「いらっしゃいませ」
環はわざと極丁寧に挨拶する。
「織江さん、ご兄弟がいらっしゃったんですね」
「はは。そっくりでしょう?休みなんで遊びに来たら手伝わされちゃって。こちらは、彼女さん?」
「ああ、いや……えーと、その、弟です」
「初めまして。香住遥と申します。兄がお世話になってます」
奏太の連れが頭を下げる。
言われてみれば、少し声が低いか。
「ここ、ネットですごく評判が良かったから、一回来てみたかったんです」
にこにこしながら遥が言う。
「それは、どうもありがとう。ご贔屓にしてもらえると、うちの兄が喜ぶよ」
オーダーをとると、環はひとまず退散した。
残っていた他の客も、もう少しで帰りそうだ。
後は縁が奏太に気づきさえしなければ、この休日は環にとって最高のままで終われる。
しばらくすると歌子が料理をカウンターに置き、近くにいた連がサーブした。
歌子もさすがに疲れたのか、ホールを眺めている。
やがて笑顔で振り返ると、縁に話しかけた。
「えにたん、見てみなよ。同じ顔の男が同じ格好で働いてるの面白いよ」
環は焦った。さすがに縁がホールを一目見たら奏太に気づいてしまうだろう。
「あはは、面白そう……あれ?すみません歌子さん、食洗機エラーになっちゃった」
「あれ、また?ごめんねー、最近調子悪いみたいで。ちょっと待ってね。見せてごらん」
危機は脱したのか?奏太たちがいる間、縁は顔を出さなかった。
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