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第17話
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「『大人のラムネ』をください」
バナナリキュール、ブルーキュラソー、ライムジュース、炭酸水で作るカクテルは、懐かしいラムネの味がする。ビルドされたコリンズグラスを受け取って口をつけた。
大きな公園の夜桜を見下ろす窓際のカウンター席で、蒲田さんは頬杖を突き、僕の顔をのぞき込む。この人の名も灯さんという。
「誰のことを考えている?」
「灯のこと」
舌から喉へ滑るしゅわしゅわを感じながら、素直に答えた。
「俺?」
片頬を上げてのぞき込んでくる瞳に僕の心臓は跳ね上がる。あえて強気で、あえてそっけなく、僕はカクテルを飲みながら言い返す。
「そうだと言ったら?」
「片思いだけなら、どうぞご自由に」
頬杖を突く左手の薬指には、八年の時間を刻む銀色の指輪がある。僕は窓の外へ目をやった。
街灯の銀色の光に射抜かれても、ソメイヨシノはなお淡く色を残している。
「ソメイヨシノにばかりこだわる必要はないだろうに。花の種類はいくらでもある」
呆れたように笑う蒲田さんに、僕は少し拗ねた声を出した。
「そんなこと、わかっていても惹かれるんだろ」
僕は強い光にも消えない薄紅色を見ながら、ラムネ味のカクテルを飲み干す。
「お疲れ様でした、また明日」
ドリンク代をテーブルに置いて、スツールから滑り降りる。店を出たところで蒲田さんが追いついてきて、肩に手を回される。そのまま頭を抱かれ、こめかみに蒲田さんの頬の柔らかさと温もりを感じながら桜を見上げた。街灯から離れた場所では、花びらの毛細血管から雄蕊に向けて血液を送り込んでいる様子が見える。どれだけ充血してセックスしても、子孫は残せないソメイヨシノの雄蕊。既婚男を好きになる僕の不毛が重なる。
歩く二人の足並みは揃わず、蛇行しながら公園を抜けて、すぐに整備された駅の明るさの下に出る。僕が変な気持ちになるような暗がりは、さりげなく慎重に避けられている。
「明日もちゃんと会社に来いよ」
蒲田さんの本音はこれだ。僕が会社を休まないように、辞めないように。
「ちゃんと行くよ」
「お疲れ。また明日な」
軽く背中を叩かれて、僕の夢は、はい、おしまい。JR線の改札を目指し、人波に乗る蒲田さんの背中を少しだけ見送って背を向ける。僕は僕で人波に身を投じ、早足で私鉄の改札を目指す。蒲田さんの指の形が残る髪を手櫛で梳き、声が残る左右の耳にワイヤレスイヤホンを押し込んだ。
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