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第20話

「これ、いただきます」  僕はエナジーゼリードリンクの封を切って、中身を口の中へ絞り出した。舌をしゅわしゅわと刺激するラムネ味で、懐かしい甘い香りがした。 「ラムネ味のゼリードリンクなんてあるんですね。美味しい」 「このビルの一階にあるドラッグストアで売っていたんです」  僕は鮫島の笑顔を通り越して、ネクタイに重なる社員証を見ていた。鮫島もすぐその視線に気づいて、僕に社員証を提示する。 「さめじま・ともす、といいます」 「あ、うん。蒲田ディレクターと同じ名前だなって思って」  モニター画面の向こうから蒲田さんが伸び上がりった。 「呼んだかぁ?」  のんびりした声に、僕はゼリードリンクを飲み込んで口を開いた。 「蒲田さんと同じ名前だって。灯さん」  立ち上がった鮫島は背筋を伸ばし、折り目正しいお辞儀をした。 「鮫島灯です。よろしくお願いします」 「おー、蒲田灯です。漢字も同じ? よろしく」  互いに社員証を見せあって、蒲田さんが片頬を上げて笑うのに合わせ、鮫島も短い髪を揺らして爽やかに笑った。 「で、何の用だ?」  蒲田さんの言葉に、鮫島はまた僕の傍らで片膝をつく。 「予実管理システムの件です。まだデモが完成していないなら、追加でcsv化する機能を入れられないかと」  こういう発言は聞き慣れているけれど、微かに湧く苛立ちはいつもある。 「それ、誰が言ってるの?」  つとめて冷静に訊ねると、鮫島は正直に答えた。 「経企(ウチ)のディレクターです」  僕は細くゆっくり息を吐いてから立ち上がり、広いオフィスを見渡した。  すぐに鮫島のおつかいを見守っていた経営企画室のディレクターと目が合う。ディレクターは窓に近い席を指差し、そこには副社長がいた。 「ええっ、副社長マター?」  副社長は僕の視線に気づいてニッコリ笑い、さらに別の方向を指さす。 「社長か!」  社長は窓際に立ち、腕組みをして優雅に東京タワーを眺めながら何か話していて、その耳にはヘッドセットがあった。  僕は社長に向かって手を振り、自分の左手首にあるスマートウォッチを示して時間を、さらに親指と人差し指を輪に手のひらを上に向けて金銭を要求する。社長は朗らかな声と笑顔で誰かと話しつつ、顔の高さに手を挙げてOKマークを出し、副社長もディレクターもOKサインを示す。僕は応じてOKサインを掲げた。

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