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第21話
僕たちの原始的な通信を見て笑っていた鮫島に、僕は結論を告げた。
「cvsデータ化する仕様の追加をベンダーに打診します。具体的なことは見積もりと一緒に稟議回しますとディレクターに伝えて」
「はい。チャットがあるのに、ジェスチャーゲームなんですね」
鮫島はまだ愉快そうに笑っていた。
「これでネゴれるならチャットより早いだろ。会社の規模が大きくなっても互いの顔が見れるように、このオフィスに引っ越したんだ」
「面白いですね。俺も宇佐木さんに手を振ります」
「どういう意味で?」
「今夜、飲みに行きましょう」
鮫島はそう言って自分の顔の横で小さく手を振って見せた。
「僕、今日は予定があるから」
「今日でなくても、明日でも、明後日でも。毎日手を振りますから、予定が合うときに返事をください」
もう一度顔の横で手を振り、ほどよく爽やかな笑みを浮かべて見せてから、鮫島は経営企画室のディレクターに向かって歩いて行った。後ろ姿はすらりとしていて、颯爽とした歩き方だった。
「では、よろしくお願いします。あの辺にいますので、何かあれば声を掛けてください」
夜、静かになったオフィスに作業着姿の人たちがやってきて、床のタイルカーペットとパネルを剥がしていく。床は五センチほど底上げしてあって、その隙間に配線を通してある。
「最初は会社を丸ごと収めても、三分の一がフリースペースだったのに。埋め尽くすまで、あっという間だったね」
「そうだな」
増設工事の立ち会いと言っても、工事中にやることは少ない。少し離れた場所で三〇人分の進行管理表を確認しながら、蒲田さんに話し掛けた。
「営業部みたいに、情シス部も二つに分けるって難しいかな」
「またキツくなってきたか?」
「うん。何度経験しても三〇人を越えた瞬間に僕のマネジメント業務の時間が一・五倍になる。これだけ同じ現象をくり返すって事は、これが限界の人数なんだと思う。僕が草の根の泥臭いやり方をやめて、全員と距離を置いて事務的に捌く方向へ変わるべきなのかな」
「プレイヤーレベルの泥臭さは、なくしたくないよな」
「うん。今でこそ派手な高層ビルにオフィスを構えているけれど、ナイトプールじゃなく泥んこ遊びの会社だよね、ウチは。そのイズムは忘れたくない」
眠気覚ましのコーヒーを飲んでいたとき、早口でまくしたてる声が聞こえた。
「中国語?」
振り返ったら、鮫島がしゃべっていた。
「台湾ブランチにいたらしい」
「なるほど」
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