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第22話

 ウチの会社はアジア圏への進出を見据え、最初の足がかりとして台湾にブランチを置いている。台湾の国土は狭く、人口も少なくて市場としては小さいが、法人税率はタックスヘイブンと呼べるくらい低い。さらには親日家が多く、勤勉な国民性で、労務関係の悩みが少なくて済む。  僕は海外へ出張しても日本語と英語で切り抜けてしまうから、中国語は挨拶程度しか話せないけれど、鮫島の発音はネイティブのような滑らかさだった。何か冗談を言い合っているのか、笑い声も聞こえる。 「台湾華語(たいわんかご)って可愛いよね」  台湾華語は北京語に比べて巻き舌がなくて発音が柔らかく、日本語の「だよね」や「じゃん」のようなしゃべり言葉の語尾につく語気助詞も可愛らしく聞こえる。鮫島も語尾に「アー」とか「ヤー」なんてつけてしゃべっていた。  増設工事そのものは簡単に終わり、僕たちは液晶モニターを繋いでサーバの設定を変更した。昔は各端末の設定までしていたけれど、今は各自のモバイルPCをモニターにつないで使うだけだから、作業量は少ない。 「よし、帰るぞ。下のダイナーでメシを食っていくか」  やった、デートだ! 僕は喜んで頷いたけれど、話はそう簡単にはいかない。蒲田さんは通話を終えて作業している鮫島にも声を掛けた。 「鮫島、適当なところで切り上げて、メシ食いに行こう。宇佐木も一緒だぞ」 「はい。すぐ電源切ります」  鮫島は即答し、シャットダウンしながら席から立ち上がった。  中学生男子みたいに乱雑に荷物をリュックに詰め込んで、紙カップに残っていた飲み物を一気に飲み干し、鮫島は僕たちのところへ歩いて来た。  高層ビルの一階にある深夜営業のアメリカンダイナーで、蒲田さんはガーリックシュリンプの殻を剥き、僕の口許に差し出してくれる。僕は当たり前に口を開けて食べ、ビールを飲んだ。鮫島は僕の口許から目を逸らし、静かにビールで口を湿らせてから、急に笑顔を作って僕の顔をのぞき込む。 「昨年、宇佐木さんが台湾に来たとき、俺と話してるんですよ」 「そうだった?」  鮫島はビールが入ったグラスを片手に、自分の胸ポケットから多機能ペンを抜き出し、僕に向かって見せながら言った。 「『清伺(チンウエン)、これを落とされませんでしたか』。宇佐木さんは早足で歩き続けながら、『多謝(ドーシャー)。でもこれは僕のじゃないと思う。ほかの人に訊いてみて』と」 「あー……ごめん、全然思い出せない。あのときは状況把握とトラブル対応で精一杯だったかも。僕、ピンチヒッターだったんだよね」

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