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第24話
「宇佐木さんも初恋の思い出を教えてくださいよ」
鮫島に顔をのぞき込まれ、僕は身を引いた。
「え、なんで」
蒲田さんの前で別の人の話なんてしたくないのに、蒲田さんまで悪ノリする。
「教えてくださいよ、宇佐木さーん。お相手の名前はなにちゃんっていうのー?」
「名前は……強いて言うならともちゃん、かな。あんまり思い出したくないから、これでいい?」
「ひょっとして、黒歴史ですかぁ?」
鮫島が心配そうに顔をのぞき込んでくる。
「うん。思い出したくない」
うなずくと、鮫島はそうですかと呟いて肩を落とし、ちびちびと残りのビールを飲んだ。
「僕の黒歴史より、蒲田さんの黒歴史のほうが面白いよ」
悪ノリした蒲田さんに、回ってきたお鉢を投げ返した。
「俺の初恋は奥さんだからな」
「いつもそう言うよね。僕はきれいごとを言ってるんじゃないかと思ってるけど」
つまらない、という気持ちをはっきり言葉に載せたけれど、蒲田さんは意に介さず笑う。
「本当だって。幼稚園から一緒だったんだから。途中、よそ見はしたけど、落ち着くところに落ち着いた」
「初恋を実らせたんですか、ロマンチックですね! 幼稚園は何組さんだったんですか?」
鮫島は急に元気を取り戻し、蒲田さんの話に身を乗り出した。ここで話を広げて僕のハートを抉るのはやめないか、鮫島よ。
「ひまわり組だった。おままごとで子ども役をやらされたり、戦隊ヒーローごっこでピンクの役をやらせたり、毎日がデートだったな。ファーストキスはウサギ小屋の前。可愛いだろ?」
「可愛いですねーっ!」
つまんない。ものすごくつまんない。さっさと別の話題に変えろ、鮫島。
「宇佐木さんのファーストキスはいつですか? あ、俺は中学一年のときです」
「そう、よかったね」
「宇佐木も中学一年って言ってなかったか」
その瞬間、あの日の光景がフラッシュバックした。灯と交わしたキス、舐められた乳首、貼ってもらった絆創膏。帰り道のデート、しゅわしゅわとはじけるラムネ。
「なんで蒲田さんが答えるんだよ。覚えてないよ、忘れたっ。シードルください」
僕が通りかかった店員を呼び止めてオーダーすると、鮫島が隣から身を乗り出した。
「俺もシードルください。しゅわしゅわするのいいですよね」
至近距離に迫る笑顔に、僕はため息をついた。
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