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第28話
「おはようございます、鮫島です。……ええ、宇佐木さんの部屋です。三八度を超えているので、つらいと思います。……そう、家が近いんですよ。徒歩七、八分くらい」
そんなに近いのかと思ううちに、僕はまだ治まらない頭痛と薬による眠気でシンギングボウルのようにぐらぐらし始めた。
「それはIR担当も把握しているんですか。……ああ、そういうこと。了解です。あと、このポセイドンプロジェクトっていうのが何なのか、わかってないんですけど。CSR活動ですか」
鮫島の日本語の発音は、ときどき舌足らずで甘い。台湾華語を話す影響だと思うけど、特に濁音が半濁音に聞こえるところが好きだなと思いながら、僕は心地よい音の渦に巻かれて眠りに落ちた。
目が覚めたとき、部屋は夕闇に包まれていた。
会社との回線は切れ、モニターはすべて黒くなっていて、何か通知を受け取っているらしいスマホのランプだけが、星のようにまたたいていた。
すぐ隣にはワイシャツ姿の鮫島が眠っていた。
「表情が人懐っこいのか」
眠る顔は鼻筋が通り、顔のパーツは左右対称で、目頭が深く切れ込み、唇の輪郭もはっきりしていた。整った顔立ちで、冷たさすら感じる。
眉間の左右から外側へ向かって生える眉の毛の流れを目で追っていたとき、鮫島が目を開けた。冷たい顔は頬が盛り上がり、すぐに温かみのある表情になった。
「すみません、今日の準備で寝不足だったんです。体調はいかがですか」
鮫島の手が頬に触れた。曇り空の下のプールみたいに冷たくて気持ちよかった。
「また熱が上がってきましたね」
「鮫島の手が冷たくて気持ちいい」
僕は熱に浮かれて頬を包む鮫島の手に自分の手を重ねた。鮫島は目を細め、柔らかく頷く。でも、僕が好きな大人の落ち着きを感じさせるほどではなかった。
「鮫島っていくつ? 僕と年齢近そうだよね」
「同い年ですよ。二十八です」
「なんだ、タメ口でいいじゃん。ウチの会社、もっとフランクな話し方でいいのに」
鮫島は目を伏せて少し考えてから、僕を見て微笑んだ。
「宇佐木さんとの距離を保てなくなるから、もう少しこのままでいさせてください」
その声の響きは僕の胸をちょっと切なくさせて、拗ねたような声が出た。
「もう充分、距離は詰めてるじゃん。風邪が伝染っちゃうよ」
「いいですよ。宇佐木さんを苦しめる風邪は、全部俺がもらいます」
鮫島の手が僕の髪のあいだを滑り、後頭部に回された。近づいてくる唇を見ていたら、あと一ミリという距離で止まった。
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