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第29話

 僕が動かずにいたら、鮫島は焦れて軽く顎を上げてキスをねだったけれど、それでもキスはしないで、最後は僕に決断する余地を残してくれる。僕はしばらく鮫島の唇を見つめ、自分の意思でキスしたいと思って唇を触れさせた。身体の中にラムネがあふれた。  弾力のある唇にバウンドするように細かく何度も唇を触れ合わせ、前歯のあたりで鮫島の舌がちろちろ動くのに合わせて口を開けた。僕の舌を探して動く鮫島の舌にそっと舌を触れさせて、その美味しさをなぜかとても懐かしく感じる。  小さく身体が震えたら、鮫島が手探りで僕の手を掴み、そのまま鮫島の腰を抱くように誘導された。鮫島の手は僕が快楽から逃げないよう背中にあてられて、僕の身体が震えるたびに抱き締められる。  まとう唾液はとろみを帯びた清水のようで、いくらでも飲めると思ったし、舌の厚みや大きさは僕と似ていて違和感がなかった。浸透圧が生じない心地よさに僕は身体が熱くなって、鮫島の腰を撫でた。  口をはずした鮫島が、僕の耳に口を寄せる。 「それより下には手を這わせないでください。病人に対してあるまじき角度になってます」 「あるまじき角度って!」  笑ったところで僕たちは抱擁を解いた。 「雰囲気に呑まれちゃいましたね。風邪は俺がいただきました。宇佐木さんの風邪はすぐに治りますよ」  鮫島はほどよく爽やかな笑顔を見せてベッドから出て行き、僕は布団をかけ直してもらって目を閉じた。身体の中がしゅわしゅわしていた。  翌朝、鮫島は僕のベッドに寝て順調に体調を崩していた。 「そりゃ、伝染るよね。昨日は弟たちが帰ってこなくて、結局鮫島が泊まり込んでくれちゃったからさー。……うん、僕は七度台まで下がった。鮫島が八度七分。……今日はテレって、おかゆでも作るよ。研修のレクチャーだけお願いします。……はあ? 僕は蒲田さん直伝のマニュアルを棒読みしてただけ。大丈夫、蒲田さんにも充分僕の代理は務まりますよー。……そうだよ、あれから変わってないもの。懐かしいね」  蒲田さんの声を耳許で聞くと甘い気持ちになる。そして、軽やかな会話のキャッチボールはやっぱり楽しい。僕はベッドの隅に腰かけ、スリッパを履いた爪先で床を撫でながら蒲田さんとしゃべった。 「そうそう、事務所のテーブルの下に寝袋を並べて、一緒に寝たよね」  マットレスが揺れて、強いため息が聞こえた。鮫島が掛け布団を肩まで引き上げながら寝返りを打ち、僕に背を向ける。たったそれだけの仕種なのに、僕はなぜか気まずく感じて無駄話を切り上げた。 「ごめん、業務開始前にコーヒー淹れてくる。うん、あとでね」  自分で通話を切ったのに、背中を向けて布団をかぶった鮫島の態度に腹が立つ。鮫島は僕に背を向けたまま動かなかった。

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