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第32話

「いいですね、俺も同じ物を買っていいですか」 「意図的にお揃いを買うつもり? 鮫島がこれを気に入ったなら、僕は別のマグボトルにする」 「えー、お揃いがいいですぅ」  顎の下で両手で握り、左右の肩を交互に前後に揺すりながら、唇を尖らせて上目遣いをする。僕は本気でコイツを置き去りにしようと思い、背を向けた。 「待って、待って。冗談です、冗談! 宇佐木さんとデートできて浮かれてるだけです」  鮫島は笑って僕の肘を掴んだ。振り返って横目で睨めあげる僕に、さらに追い打ちの笑顔を見せる。 「一見してお揃いとわかるものは買いませんから、ね? 宇佐木さんが『灯には、これがいいと思うよ。はぁと』って選んでくれたものを買います」  また歩き出そうとした僕を鮫島が引き戻し、僕は仕方なく色違いのマグボトルを掴んだ。 「自分がいいと思って選ぶんだから、ほかの人にも同じ物を勧めることになるよね」 「よっしゃ、お揃い!」  さらに連れて行かれた居酒屋で水炊き鍋の世話をしてもらいながら、僕はビールをあおる。鮫島は店の紙袋を傍らに置き、鼻歌まで歌いながら菜箸を動かす。 「恋人同士なんだから、一つくらいお揃いの物があってもいいですよね」 「誰と誰が恋人同士なの?」 「宇佐木春樹と鮫島灯です」 「僕は、そんなつもりはないからね」 「努力します」 「何の努力?」  鮫島はとんすいに煮えたつくねや野菜を取り分け、僕に向かってまっすぐに差し出した。 「蒲田さんから奪う努力です」  僕は熱を持ったとんすいを上手く受け取れず、テーブルの上に落とした。つくねも野菜も飛び散って、僕と鮫島のスーツが濡れる。  おしぼりでベストの胸元に飛んだ汁と青菜を拭いながら、僕は言葉を絞り出す。 「別に、蒲田さんとは、そういうんじゃないから」  テーブルを拭きながら、鮫島は鋭い眼で僕を見た。 「そういうんじゃない二人が、あんなキスシーンを演じるんですか」  僕は精一杯鮫島の目を見返した。 「何を見たのか知らないけど、勘違いだよ」  鮫島は鋭く光っている目を隠すようにまぶたを閉じて、頷いた。 「会社の誰と誰がプライベートでどうなろうと、俺の知った事じゃありません。仕事さえきちんとしてくれれば文句は言わない主義です」  テーブルの上を片づけ、改めてつくねと野菜をとんすいに盛りつけて、そっと僕の前に置いた。 「既婚者との恋愛が往々にしてマイナスの結果を生むことくらいわかっているはずなのに、それでも止められないのが恋愛の難しいところなんでしょうね」  大きなため息をつかれて、僕は居心地悪く感じながらつくねを噛んだ。

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