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② 5月、3限
「ハルトー!あれやってよ、バク転!」
「わ!見たーい!」
高校の体育教師は時間通りに来ない。
教室棟から離れた場所にある体育館で授業があるときはなおさらだ。
暇を持て余した男子生徒がハルトに突然余興を振ってきた。
今日は女子も体育館らしい。ハルトがバク転すると聞いてわらわらと集まってきた。
ハルトはどうしようかと悩むふりをしながら、取り巻きの向こうに視線を投げた。
そこには体育館の隅にぽつんと座るリョウがいた。
ハルトを見ているのかいないのか、とにかく視線はこちらを向いている。
リョウが見てるなら。
ハルトの動機はそれだけだった。
軽くストレッチをしてから、感覚だけを頼りに床を蹴った。
世界がぐるりと回る。
宙に浮いているほんの一瞬、ハルトは音も時間も止まってしまったかのように感じる。
ハルトはいつも、この瞬間自分はワープしていて、顔を上げたら別の世界になっているんじゃないか、なんて有り得ないことをちょっと考えてしまう。
両足が着地して、顔を上げる。
両眼は真っ先にリョウを探す。
あれ?
たった一瞬目を離しただけのはずなのに、リョウは先ほどの場所から忽然と姿を消していた。
まさか本当にリョウのいない別世界に来てしまったのだろうか。
なんてハルトが一瞬本気で心配しかけたとき、体育館の入り口に向かってのろのろと歩くリョウを見つけた。
(なんだ。見てなかったのか)
周りの男子の盛り上がる声も女子の黄色い声も、ハルトには聞こえていなかった。
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