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第3話
更に二日が経っても市村と顔を合わせることはなく、一度だけ送ったメッセージにも平気だと短く返答があるだけだった。
一目だけ……と仕事終わりにこうして市村の住むアパートまで来たわけだが、インターフォンを目の前にかれこれ20分は葛藤を繰り返していた。
き、緊張する……。今まで何度となく来てるはずなのに……。
いやいや、俺がこんなんでどうする。
いつも通り、いつも通りでいいんだ。
意を決して鳴らしたインターフォン。
少しして聞き慣れた声が応答して、俺の心臓は煩く鳴った。
「あ、俺……星川だけど……」
「……え、なんで………?」
機械越しの声は驚きと動揺が隠しきれていない。
「ごめん、ちょっと気になって……元気だったか?」
「うん、平気だって送ったろ?」
いつもならすぐにドアを開けてくれるのに、目の前のドアは閉ざされたまま。
「市村、顔見たい……ドア開けてくれないか?」
「………ごめん、俺まだ………その……」
「頼む。少しだけでいいから……顔見て、話したい。」
「………………………。」
少しの無言のあと通話が切れて、代わりに目の前のドアが開いた。
覗かせた市村の顔を久しく感じる。
「この後予定があるんだ。玄関でいい?」
そう言う市村の目は俺を捕らえない。
「分かった。」
ドアを潜って、それが締まると流れるのは沈黙。
見据える市村が俺を見ることはない。
あ、隈出来てる……。
見慣れない目元の隈を自然と伸ばしていた指先で撫でる。
「ぇ…………」
「あ、悪い……。」
途端驚いたように向けられた眼差しに、我に返り、慌てて手を引く。
そうだよな、ダメだよな…こういうのは。
「寝れてないのか?」
「…昨日はたまたま夜更かししただけだって。」
力なく笑う顔。
無理してるんだよな、きっと。
「……ごめんな、市村。友人でいたいなんて、俺酷いこと言ってるよな。」
「いいよ。言い出したの俺だしさ。」
でも言わせたのは俺だ。
「ちゃんと努力はしてるんだ。でもなかなか…少し長く好きでいすぎたかな。」
努力……俺を諦める、好きじゃなくなる努力……。
胸がざわつく、素直に寂しいと思う。
「……しなくてもいいんじゃないか?」
「え……?」
「俺を好きなままだっていいんじゃないか。」
「……ダメだよ、そんなの。」
「けど――」
「――だって!……だって、俺だって愛されたい。愛されたいって思ってしまうんだ……。」
目に溜まる水は今すぐにでも零れ落ちてしまいそうなほど溢れて、縋るような視線は俺の心を揺れ動かすには十分だった。
「………俺が愛してやりたいって言ってもダメなのか?」
「…な、に……………」
「大切なんだ大切にしたいって思うんだ。離れてたら顔を見たくなるし、声が聴きたくなる。隣で笑ってくれていたら安心するし、傍に居ないと落ち着かない。」
「星か、わ……」
「今日ここに来るまで、ずっと考えてみたんだ。もし市村と付き合ったらって。」
「やめっ……星川、もうやめてくれ……」
零れ落ちた涙を隠そうと動く腕を捕まえて、大きな瞳に俺の姿を映す。
「やめない。聞いて。」
「……っ…………」
「……悪くなかった。と言うか笑ってしまうぐらい楽しい将来しか想像つかなかった。それからもし市村が他の男と付き合ったらってのも想像してみた。」
「勝手に……」
「うん、思った以上にムカついたし腹が立つし、全然面白くないしで最悪だった。」
色んなことを考えた。
「市村が悩んだ時間に比べたら全然足りないし、追い付こうとしても追い付けるものじゃないのも分かってる。でもちゃんと考えたんだ、目を逸らさないように。」
掴んでいた腕を離して、代わりに涙で濡れている頬を包んだ。
「俺が愛してみたらダメか?」
「……っ………それ、違う……お前優しいから…」
「同情だって?」
ぎゅっと目を瞑ってゆっくり頷いた市村は、更に滴を床に落とす。
市村に今まで覚えたことのない感情が沸々と煮立ってくる。
ああ、コイツってこんなに可愛かったんだ。
認めれば身体が勝手に動く。
両手で包んでいた頬を引き寄せて、涙で濡れ滴る唇に自分のそれを重ねた。
「――んっ……!?」
驚いたように見開く目とか、瞬時に染まっていく頬とか、そう言うの何かいいな。
唇を離したら思わず笑ってしまう。
「市村、お前可愛いね。」
「な、なん…………」
「こんなに気持ちが溢れてくるのに、同情なんて言葉じゃ片付けられない。」
「でも、だってゲイじゃな――」
「そうだよ。俺は市村を、市村だから愛したいって思うんだ。」
「そんな………」
「どうせ諦められないなら、愛させてくれたっていいだろう?」
止め方を忘れてしまったようにぼろぼろと大粒の涙を流して、市村は泣いた。
「俺、本当に…っ……ずっと、好きで……」
「うん。」
「諦めなきゃっ……だめなのに……っ……全然出来なくて…」
「うん。」
「でも、いいですか………まだ好きなままで……いいですか……っ?」
「いいよ、すぐ追い付いてみせるから。」
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