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確かに、恋だった。(1)
その出逢いは、確かに恋で。けれどそれが叶わないものだというのは、出逢った瞬間からわかっていた。何故なら――俺は男で、相手も男だったから。
「へぇ、同じ学科なんだ」
教員の後ろを歩きながら、そう言って整った顔に口元だけで笑みを浮かべた彼に俺は思わず頰を熱くする。脱色したのだろうどこか人工的な金髪と、黒く意思の強そうな瞳をし、全てのパーツが正しい場所にあるような整った相貌を持つ男は「これから四年間、よろしくな」と笑みを浮かべたまま俺に告げた。高校の卒業式を終えて田舎から出てきたばかりの俺は彼のように整った顔をした人間に慣れていなかったし、そもそも金髪にしている人間なんてヤンキー位しか見たことがなかった。ヤンキーとも違う人種のように見える彼は、田舎ではお目にかかる事が出来ないような人種だった。どう言葉を返せばいいものか言葉に詰まる俺に、彼は「俺は舞島 直人 、君は?」と首を傾げる。「碓氷 洋哉 」辛うじて名前だけを告げた俺に、彼は笑って「ウスイくんな、よろしく」と返してくれる。不審者過ぎる俺の挙動を笑って流した彼は、入学者対象の学校案内を適度に聞き流しながら隣を歩く俺に一言二言言葉を掛けて、俺はそれにようやく一言言葉を返すという会話というよりも質疑応答を繰り返し、やっと気負わずに言葉を交わせるようになったのは希望者だけの随時開催という日程により俺と彼だけだった学校見学会が終わろうとする頃だった。
「え、ウスイくんもミサトカエデ好きなんだ?」
見学会が終わり、俺は学校から徒歩数分の所にある家に、そして彼はその近くにある地下鉄駅へと向かう道すがら、話題が好きな小説家になったところで彼は目を丸くして驚いたような声を上げる。彼の切れ長の涼しげな目元が大きく見開かれて、大人びた雰囲気だった彼が年相応に見えた。「俺も、って事は舞島君もミサトカエデ好きなんだ?」俺が彼に問えば彼は頷き「こう見えても中高と図書委員やる位には本読みだよ」と笑う。「ミサトカエデに関しては親の洗脳に近いけど」と重ねた彼は「そのお陰でシグナルズとかトリアクとかも好きでさ。小遣い貯めて初めて買ったシングルがシグナルズなんだよ」なんて楽しそうに笑う。数十年前から活動をしているバンドであるシグナルズの名前が出て来た事に少しだけ笑ってしまった俺は彼の話に乗るように言葉を返すのだ。「俺は中古屋だけどゴールデンエイジが初めて買ったCDだったなぁ」そう返した俺に、彼は目を輝かせて口を開いた。「じゃぁ、『僕らのゴールデンエイジ』も見たんだ?」最初に話題に上がった作家のデビュー作で映画化もされたその作品名を告げられれば「勿論、映画も見たし原作も読んだに決まってるじゃん」なんて少しだけ得意げになりながら俺は彼に答えたのだ。
「あれ、二十年前くらいの映画なのに、よく見てるなぁ」
「舞島君だって見てるんでしょ、お互い様だよ」
驚いたような口ぶりで感心するように頷く彼に、俺は笑ってしまう。同い年なのに、彼が俺に対してどこか年下を相手にするような口調になっていたからだ。
「なぁ、この後予定ってある?」
俺の家と彼が向かう先であろう地下鉄駅の入り口が近くなって来たところで、少しだけ考えるように視線を彷徨わせた彼は俺に問いかけるように言葉を投げ小さく首を傾げる。そんな彼の言葉に俺も同じように首を傾げながら「引っ越しの荷物片付けるくらいだけど」と言葉を返せば彼は「もしよかったらどっかで話さないか? 市街地なら案内くらい出来るけど」と提案を投げてきたのだ。案内云々は俺が田舎から出てきたというのを学校見学会中に話していたからなのだろう。思わぬ展開に思わず俺が固まれば「あぁでも、片付け大変だったら全然いいんだけど」と小さく笑みを浮かべたまま言葉を返す。
「全然! 片付けなんて後でやれば全然大丈夫だし! むしろ俺も話したいっていうか……!」
あまりに慌てすぎて支離滅裂に成りかけていた俺の言葉に彼は声を上げて笑ってから「じゃぁ決まり、このまま直行いける?」と俺に問いかける。その質問に、徒歩数分の学校に行くだけだからと携帯と家の鍵しか持っていない事に気付いた俺は「ちょっと待って、家寄って財布取ってくる!」と叫び、家の方向へと駆けたのだ。
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