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確かに、恋だった。(2)

 家へと向かって駆け出した俺の背中へ「駅の改札前で待ってるからな!」と声を投げた彼は、言った通りに改札近くの壁際に背を持たれて立っていた。すらりとした長身で整った顔をした――例えば人工的に脱色された金髪ですら嫌味にならない似合い方をするような彼がそうしていると、ただの駅の壁に寄りかかってる姿も何かの雑誌の一ページのように見えて。自分がこんなに面喰いだったなんて、知らなかったと思わず心の中でだけ頭を抱えてしまう。女性も男性も恋愛対象になるのだと朧げに気付いたのは何年か前の事ではあったけれど、一瞬のうちに心を奪われたように彼の全てを知ってみたいなんて思ってしまう恋の始まりなんて俺は今まで知らなかったのだ。そして、その相手が女性であれば良かったのに、と――最初から叶わないと決めてかからなければならないと分かりきったこの恋を、少しだけ恨んでしまう俺がいた。 「ウスイくん」  その姿に見惚れた上に絶望に打ちひしがれて立ち止まっていた俺に、ひらりと片手を振って自身の場所を示した彼は、軽い足取りで俺の元へと向かってくる。「切符の買い方分からないとか……?」と首を傾げる彼に「それくらい分かるし、そもそもカードがあるし」と携帯のカバーに挿し入れてあるそれを見せ付ける。「だって、改札前で固まってるから切符の買い方分からないのかなって」息を漏らすような小さく柔らかな笑みを零して言葉を紡ぐ彼に視線を向けないように「どこに居るのかと思って、探してた」と少しだけ嘘を吐いた。すぐに見つけられるくらい目立ってた彼だけど、俺の言葉に「そりゃぁ申し訳ない」と小さく頭を下げてくる。 「で、どこに連れてってくれんの?」 「まぁ、色々あるけど……ウスイくんは観光地に興味ある?」  地下鉄を待ちながら気を取り直してこれからの予定を尋ねれば、彼はいくつか想定しているのだろう目的地を決める為に俺に質問で言葉を返す。いくつかの質疑応答の末に「じゃぁ、喫茶店にでも行くか」と彼が結論を出したと同時にタイミングよく地下鉄がやってきた。  地下鉄の中でもどんな本を読んできたかとか、好きなものは何だとか、そんな他愛もない話に花を咲かせた俺たちは、彼に連れられてやってきた喫茶店で何時間かの時を過ごした頃にはお互い君付けは外れて苗字で呼び合う程度の仲になった頃、そろそろ帰らないとという彼の言葉でその日は別れる事になった。連絡先だけはちゃっかりと交換したのだけれど。 「それじゃ、入学式で」 「うん、入学式で」  彼の言葉に同じ言葉を使って頷いた俺に手を振りながら俺とは反対方向に向かう地下鉄に乗り込んだ彼を見て、家が同じ沿線にある事を知る。そんな事を知ったからといってどうする事も俺には出来ないのだけれども。 「何で、一目惚れなんかしちゃうかな、俺」  ホームに響く走行音に掻き消されるような声で、ポツリと零してしまった俺に答えをくれる人などどこにもいない。答えなんて、どこにもないのだから。

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