4 / 32

確かに、恋だった。(3)

 入学者対象の学校見学会で一目惚れという俺にとっての大事件が起きた日から数週間後、入学式で再開した俺と舞島はすぐに仲良くなった。好きなものが似ていたし、学科が同じで大抵の授業が重なっているのだ。こうなってくると学内で離れていない時間の方が短くて、一年が終わる頃には俺と舞島を含めて幾人かで構成された所謂いつメンとでも言うようなグループが出来ていた。そうしてそのグループの中でも俺と舞島はゼミまで同じだったという事もあってその中でも親友と言っても良い程度には仲のいい相手という相互認識が出来ていた。――そして俺は、舞島の親友という立ち位置で満足しようとしていたのだ。 「碓氷くんって、他に好きな人いるでしょう」  大学に入ってから何人目かの彼女は、綺麗な桃色に染め上げた指先でカップを弄りながら何かを諦めたような声色でそう俺に告げた。大学に入って舞島の隣に立つのに引け目を感じないように少しだけ外見に気を使うようにしたら多少は女性からモテるようになった俺は、舞島への気持ちを誤魔化すように女性との関係を重ねていた。頰を染めてその想いを俺に告げる女の子たちは可愛いと思ったし俺も片想いを拗らせている人間だったしで、その時の俺に相手が居なければそれが誰であれその告白に頷いて付き合うという事を続けていた。――だからと言って相手を雑に扱ったりはしなかったと思うし、相手の事は大切にして記念日だって忘れない『良い彼氏』をしていた筈なのだ。けれど、いつも同じ言葉で終わりを迎える。「碓氷くんって、洋哉くんって、他に好きな人いるでしょう」という言葉で。今回も、結局俺は同じ言葉で別れを告げられる。「……ごめんね、ミキちゃんの事はちゃんと好きだったんだけど」ようやく絞り出した言葉に、彼女は「碓氷くんはちゃんと私に付き合ってくれたよ、でも、私はやっぱり一番にして欲しかった」と眉を下げて笑って見せる。これなら、何人か前に付き合って最終的にはコップの水を掛けてきた元カノのようにふざけるなと水を掛けてくれた方がよっぽど良かった。この子のこんな顔を見たかった筈じゃなかったのに。 「今までありがとう、碓氷くんも好きな人と上手くいくといいね」  そう言って笑った彼女の悲しみの色を、俺は意図的に見ない振りをした。俺は上手く行く筈もない恋を――男に恋をしているなんて、彼女に言える訳がなかったからだ。  その日に俺が取っていた授業は休講で、確か舞島も午前だけの時間割だった筈だと思い出して恐らく授業中であろう舞島にメッセージを送る。カフェテリアで昼を食べないかと短いメッセージを送りながら、大学へと向かい授業中であるお陰でまだ人が疎らな昼前のカフェテリアの特等席であるボックス席に陣取っていれば、授業終了の鐘が鳴る。そしてその直後には舞島からのメッセージが届いた。曰く、片倉に呼び出されたからそのあと行く。 「それってさぁ」  思わず口に出してしまった言葉の続きは飲み込んで、心の中でだけ俺は呟く。それってさ、告白じゃん。片倉というのは、俺と舞島が所属する学科の中でもかなり美人の部類に入る女子で。舞島を狙っていると言うことは、舞島以外の全員が知っていた。年々増えていくピアスと金髪というぱっと見ヤンキーのような外見である舞島はしかし、その整った相貌とすらりとした長身も相まって恐ろしいくらいに女にモテる。ヤンキーがよく着るような派手派手なファッションではなく、シンプルで落ち着いたテイストの服を纏う彼は、どこかでモデルをやっていると言われても腑に落ちるくらいには格好良い上に知り合い程度の相手に対しては多少無口であるものの人当たりは悪くないとなれば、彼を狙っている女子はかなりの数が居るだろう。けれど、彼は特定の相手を作ろうとしないばかりか女性を避けている節すらある。すわ同類か、とぬか喜びしたのも今は昔、特に男との恋愛関係というのにも興味がある訳でもない事まで俺は知っている――と言うよりも、恋愛という関係を忌避しているのではないかとも思える位、彼に浮いた話は全く無かった。学科の野郎どもによって開かれた女子禁制の飲み会で告げられた彼の話が本当であれば、舞島は童貞だというのだから。

ともだちにシェアしよう!