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まだ、気づかぬままで(4)

 碓氷から合鍵を渡されてから一ヶ月と少し、彼は順調に選考を進んでいって意気揚々と東京へと渡っていた。彼の居ない日々を過ごす俺と碓氷を繋ぐのは、短いメッセージのやり取りで。大学に行っても碓氷が居ない日々は、どうにも味気なく感じていた。――それは、彼も同じだったようで。最初は何処を受けたとか、一次面接を通ったとかそんな報告みたいなメッセージが届いていたものが次第に俺が居なくて寂しいだとか、会いたいという言葉が混じるようになっていった。そんなメッセージに、素直に自分も同じ気持ちである事を返す事が出来なかった俺は「そうだな」とか「あと少しがんばれ」とか、そんな言葉を返していた。 「――俺も、会いたいよ」  どうしても文字として送る事は出来なかったその言葉を零した瞬間、自身の頬が熱くなるのを感じる。口に出してしまったその感情は、どうしようもない自分の本心で。今迄無意識のうちに出さないようにと貯め込んでいたそれを口に出した瞬間に、俺の身体は熱を持ち始める。――彼の唇の感触を、身体の熱を――彼の硬い屹立を思い出してしまった俺の指は、彼を受け容れる事が出来るよう作り替えられてしまった後孔へ自然と伸びていく。「――は、」俺の口から溢れる吐息は、熱を孕んで。俺の指は彼がするようにゆっくりと俺の入り口を撫でていく。声が外に漏れないように、布団を被って腰だけを高く上げた姿勢のまま、俺は自分の指を咥え込む。欲する熱には程遠いそれで、俺は微かな快感を追う。「――洋哉……ッ」ベッドの中でしか呼ばない彼の名を口にして、高まる熱を感じていた。快楽を追うだけの乱暴な指は、碓氷から教えられた快感のポイントを幾度となく擦っていき、その度に蠕く胎内は、俺が普段彼をどのように包んでいるのかを俺の指へ教える。自分を高みへと上らせながら、俺は彼に抱かれたいと、強く思った。 「――ぁ、っ」  枕に顔を押し付けてながら声を殺しても尚漏れ出した嬌声とともに、俺は シーツに自分の精を放つ。ぼんやりとその事を感じながら、俺は早急な自慰によって気怠い快感を残しながら手にしたティッシュでその精を拭った。自分の陰茎を刺激せずとも高みへと上り詰める事が出来るように作り替えられた身体は、碓氷から離れる事は出来なくなってしまったのだろうか。そんな一抹の不安を抱きながら、俺は目蓋を閉じたのだ。――せめて、夢の中では彼と逢いたいと、そんな淡い望みを抱きながら。  彼との関係が変わった季節から再び訪れた花の時期は過ぎ、抜けるような青空と爽やかな風が踊る季節になった頃、少しの雨を連れて碓氷は笑みを浮かべながら帰ってきた。「ただいま」滅多に使わない合鍵を使い部屋の中で彼を待っていた俺に、そう言って笑みを浮かべた碓氷は嬉しそうに俺を腕の中へと閉じ込める。「――っと、」ベッドサイドに腰掛けていた俺の元へ勢いを付けて飛び込んできた彼に押し倒されるような形になった俺は、思わず笑って言葉を重ねる。「おかえり」と。一ヶ月という短くも長い時間を取り戻すように俺の唇を啄む彼に「いきなりだな」と思わず零す。それでも、彼によって与えられるその行為を嫌と感じる事はなかった。抱き枕のように俺を抱きしめたままでベッドに転がった碓氷は「直人の充電させて」なんて口にして、俺を腕の中から出そうとはしなかった。「いいけど――この程度でいいのか?」焦点が合わない位に近い位置で顔を合わせる彼へ、俺は小さく笑みを浮かべながら問いかける。――俺だって、彼のいない時間で身に余る熱を燻らせていたのだ。俺の言葉に言葉で答えるより先に、彼の瞳が雄弁に答えていた。雄の欲を漲らせた碓氷の瞳は、まっすぐに俺を貫いていたのだ。「いやだ」短い言葉でそれだけを口にした彼は、そのまま俺の口腔を貪る。――俺も、同じように彼のものを求めて互いの舌が絡んでいく。興奮で粘度が増したように感じる唾液が口端から零れていくのを感じた。混ざり合ってどちらのものかも分からなくなった銀糸が俺たちを繋ぎ、互いの視線が絡むのを感じれば、再び彼は俺を貪る。どちらのものかも分からない淫靡な吐息と水音が響いては、消えていく。碓氷の手が俺の頰から耳へとするりと撫でるように動き、彼の手によって塞がれた耳は外の音を遮断する代わりに、互いの行為によって響く音を俺の脳へとダイレクトに伝えてくるのだ。深く差し入れられた彼の舌と共に運ばれた彼の体液を俺は喉を鳴らして飲み下す。口のなかだけで溶け合う感覚に、酸欠になりかけている俺の脳はその息苦しさを快感に変換していた。「――ひろや」俺の口腔を犯す彼が離れていけば、俺は彼の名を口にする。「ひろや――はやく」快感に犯され始めた思考が、彼を自然と求めてしまう。ごくり、と唾を飲み下す彼の喉が鳴らした微かなものである筈の音が、奇妙にも俺の耳にまで伝わってきたようだった。「直人」溢れるように彼の唇から紡がれた俺の名は、甘い響きで俺へと届く。彼の手はいつもよりも乱暴な動作で俺の纏う布を剥いでいき、そんな動作の一つ一つが俺を強く求めているように感じてしまう。――俺の口元を緩めさせたのは、優越感だった。俺を逃さないように上に跨る男が、確かに俺を求めているという優越感。これから与えられる快感の期待に染まっていく思考は、確かにその瞬間「俺はこの男のものなのだ」という優越感に染まっていた。ぐい、と彼の手によって布越しに刺激された陰茎が空気に曝されれば、はしたなく涙を零す自身が彼の眼前に聳える。「キスだけで、こんなにしてくれたの?」嬉しそうにそう口にした碓氷は、俺の先端へと小さなキスを落とす。「――がまんできなくて」思わず脳を介さずに口から飛び出て行った言葉に、彼は雄くさい笑みを浮かべて「さいっこう」と呟いた。「――こっちは、一人で弄ってたの?」俺自身を先端から裏筋を通りその下へと指先で撫でていった彼の指は、彼に作り替えられた場所へと到達する。俺は彼の指先だけで、既に翻弄され始めていた。「――一度だけ、会いたいって届いた時」彼の言葉は自然と俺の中へ染み込んでいき、普段であれば口にしないような甘えた言葉を溢してしまう。「……たまにすげぇ可愛いこと言うよね」ポツリと零された碓氷の言葉は、興奮の色を隠せずにいて。俺は彼が口にした言葉の意味など考える事を出来るような理性など既に手放してしまっていた。つぷり、と俺の中へと埋められる彼の指に、俺の胎内は久々の来訪に歓喜の声を漏らす。迎え入れるように蠕き始める俺の中に、愉しそうな笑みを浮かべた碓氷は俺の感じる場所を重点的に玩ぶ。「そこ、ばっかり……やぁ……ッ!」切れ切れになる声で不満を口にすれば「いきたくない?」と彼は愉しそうに俺の前立腺を指先で掠めていく。思わず頭を振りながら口から溢れていたのは、「お前ので、いきたい……ッ」という言葉だった。 「――ッ……愛してる、直人」  一瞬息を詰めるように喉を鳴らした碓氷は、はっきりとその言葉を告げて自身が纏う服を脱ぎ捨てていく。そして、いつものように興奮に勃ちあがりきったそれへと薄い膜を被せようとした彼の手を、俺は腹筋の勢いだけで身を起こしながら掴んだ。「直人?」不思議そうに俺を見つめる彼の唇へと触れるだけのキスを落として、俺は彼の手にあるたった百分の一ミリだけの隔たりを投げ捨てた「――いらない」その一言だけを口にして、俺は座ったままの彼の中心で聳える肉茎を片手で支えながらその上へと腰を下ろしていく。俺の中を押し広げていく彼の熱をダイレクトに感じながら、俺は彼に縋るようになりながら彼のものを腹の中へと納めていくのだ。「――直人ッ」熱くなる息を吐きすと共に、自身の肌で彼の下生えを感じる事が出来る場所まで腰を下ろした俺を彼はしっかりと彼自身の両腕の中へと閉じ込める。そして、彼は俺を貫いたままの状態で、俺の唇を再び貪るのだ。 「――んっ……ふ、ぁ……っ」  肌という肌が重なるのを感じながら、俺は俺を貪る彼の唇の隙間から声を漏らす。俺を貫く彼の陰茎は、動かず俺の中で息を潜めていた。それでも、薄い隔たりすらないそれは、その存在を、熱さを俺の中で主張する。互いの粘りつくような唾液を飲み下しながら、俺は彼のものがその存在を増す様を感じる。激しく求め合う舌と唇の隙間から、互いのものが互いの肌へと落ちていく。じっとりと湿る肌を掻き抱き合いながら、俺は胎の中でその存在を主張する彼のものを自然と締め上げていた。「なおと……っ」俺の名を口にして、首筋へと唇を落とした彼は、俺の肌をきつく吸い上げる。自分の存在をマーキングするように吸い上げられたそのいくつかの痕は、俺の肌に紅く残されて。たったそれだけの事でも俺の熱は上がっていくようだった。互いに座り合ったままで繋がるその場所は、それだけの興奮で高みに上り、俺の中は彼を締め付けるように蠕動を繰り返す。「は、ッ……っあ……ひろや、」熱に浮かされたように口にした言葉は、自分でも何を口にしているのかすらわからなかった。 「すき、――すきだ、ひろや」  めちゃくちゃになった思考で何かを口走ったその刹那、俺は彼のもので中を擦られることも――精を吐き出すこともなく、その高みへと上り詰めた。「――っ、なおとっ! やめ、」焦ったように口を開く碓氷が俺の中から出ようとするのを彼の腰に絡めた足で止めた俺は、更に彼を奥へ誘うように腰を押し付けていた。勝手に動く身体なんて、焼き切れそうな脳味噌では止める事など出来はしない。「――あ、っあぁ……」俺の中は彼を搾り取ろうと締め付け蠕いて、彼の屹立の脈動に感じ入っていた。最奥に到達した彼のものは、どくり、と俺の中へとその精を放ち。それを感じた俺の思考は、遂に焼き切れてしまったのだ。――意識が途絶える前に過った、だめだ。という一言の理由すら、考える事ができないままに。

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