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少しだけ、未来の話を(1)

 緩やかな寝息を立てながら、ベッドの半分を占有して眠る舞島の軋む髪を撫でて俺は彼の安らかな寝顔を見つめていた。先程までの痴態など知らないとでも言うように目蓋を閉じてすやすやと眠る彼は、意識が無い時でも美しくて。鎖骨から胸へと至る数カ所に咲いた紅く小さな華は、彼の肌に映えていた。そして、俺によって拭き清められた彼の身体に残された情事の痕は、俺の咲かせたそれだけであった。 「ごめんな、夢中になった」  ポツリと溢した俺の言葉は、きっと彼には届かない。やんわりと撫でた俺の手の感触を無意識下で感じているのか、ぴくりと身体を震わせた舞島を見つめながら、俺は先程までの彼の痴態を思い出していた。 「――もっと、くれよ」  両足を俺の腰に回し、彼の胎内から抜け出そうとしていた俺を制した彼はその腰を艶かしく動かして快楽を得ようとする。譫言のように口にされた「好きだ」という言葉は、快感から溢されたものなのか――彼の本心からの言葉だったのか、俺には判別する事が出来なかった。けれど、きっとそれが彼の引き金となったのだろう、冷静になった今になって思う。薄い隔たりすらも投げ捨てて、互いに動くこともなく高みに上り詰めた後も、彼はその胎で俺を逃す事なく更なる高みへと昇ろうと貪欲に腰を振っていた。きつく、あつく、俺を包み込んだ彼の胎は俺のものを貪るように蠕いて――俺は一度吐き出したその欲を彼の中に擦り込むように彼の中へとそれを突き入れた。汗ばむ肌できつく抱き合い、彼は俺を何度も求めて。俺もまた、彼を同じように強く求めていた。その瞬間、俺たちの世界には俺たち二人しか居なかった。世界というものの隅っこで、隔絶された俺たちは、何度高みに上ってもそれでは足りないとでも言うように互いの身体を掻き抱き合っていた。一ヶ月という時間を埋めるように何度も身体を震わせて、互いの体液を飲み下し合いながら彼も俺も、果てへと向かっていったのだ。まともな言葉さえ交わさずに、熱い吐息と喘ぎの間に切れ切れな愛の言葉を口にした。焦点の合わなくなっていた舞島の瞳はどろりと快楽に蕩け、淫靡な笑みを口元に浮かべながら俺の愛の言葉を受け容れてくれて。既に俺のものの形を覚えてしまったのだろう彼の後孔に俺は何度もその欲を放ち、彼は俺の白濁をその口で飲み込むように胎の中を蠕かせながらその身体を俺へと預けた。一際高い嬌声と共に、くたりと身体から力が抜けていった彼の中から俺自身を抜き出せば、彼の中からは俺の白濁がごぼれ落ちていく。その様はあまりにも淫猥で、俺は意識を失ってしまっていた舞島の腹の上へとすっかり薄くなってしまった白濁を放ってしまった。 「――お願いだから、離れていかないで」  電池が切れてしまったように眠り続ける舞島に、俺は祈るように言葉を落とす。その祈りが、彼へと通じているのかは分からない。けれど、あの瞬間確かに俺たちは熱に浮かされたように激しく互いを求めていて、それは色鮮やかに俺の記憶へと焼き付いていた。  季節は廻る。激しく互いを求め合った夏の初めは過ぎ去って、幾つもの暑く熱い夜を越えながら――俺たちは秋の入り口へと足を踏み入れていた。 「ようやっと過ごしやすくなってきたな」  ベッドサイドの間接照明だけを点けた部屋の中、パンツ一枚だけを身につけたままで俺のベッドを占有する舞島は、俺が付けた情事の痕を隠すこともせずにそう口にして笑う。「そういえば、就活戦線どんな具合?」思い出したように俺が彼へと問えば、少しだけきょとんとしてから「言ってなかったっけ?」ともぞりと気怠げに身体を起こしながら言葉を重ねる。「こっちと東京、一社づつ内々定取って――どっちに行くかは決めかねてる」するりとベッドサイドに座っていた俺の背にもたれながら耳元で告げた彼の言葉に、自然と祝いの言葉が漏れ出る。後ろから俺に抱き付くような形になった彼の方へと振り返った俺は、触れるだけの軽いキスを送る。触れるだけの口付けを贈られた舞島は少しだけ照れ臭そうに笑って「東京も、悪くはないんだけど――会いたくない相手が居るんだよな」と少しだけ困ったように笑う。言い訳のような彼の言葉に、かつての彼が口にした言葉を思い出す。「それって、前に言ってた外資系は絶対行かないってのと関係ある?」うっかり溢してしまった疑問に、彼は「よく覚えてるな」と驚いたように目を丸くする。そうして彼は、少し考えるように視線を巡らせていたと思えば、俺の首元にかける両腕に少しだけ力を込めた。彼の体温を背に感じた俺の耳元へ、舞島は静かに――秘密を告げるように口を開いた。 「父親なんだよ。ソイツ」  囁くような小さい言葉は、俺の鼓膜を震わせる。「――え?」その言葉を理解するのに数秒の時間を要した俺は、今までに聞いた彼の家族構成を思い出すように疑問を重ねる。「親父さん、単身赴任でもしてるの? 前に親父さんの話聞いた時には仲悪そうに、聞こえなかったけど」俺の問いに、彼は頭を横に振る。彼の少し乱れた毛先が、俺の耳を掠めていくのを感じた。「舞島の父さんじゃなくて――まぁ、お前ならいいか。あんまり気持ちのいい話じゃないけど」そう言って小さく息を吐いた彼は、俺の背からその身体を離して俺の隣に腰を下ろす。何処から話そうか、なんて小さく呟いた彼は一呼吸置いてから再びその唇に音を乗せた。「俺さ、父さん――舞島のな、父さんと血は繋がってないんだ」静かに、しかしはっきりと口にされたその言葉から始まった一人の母親から産まれた双子の物語は、すぐには信じられるものではなくて。「たまにあるらしいんだけどな、異父過妊娠ってらしいんだけど」小さく笑みを浮かべながら口にした彼の生い立ちは、恋愛対象に男も入っている位しか普通とは異なるところが無いような俺には想像した事もないようなものだった。「まぁ、その実の父親ってのが物凄いクソ野郎でさ。社会的な地位もそこそこあるし、別に暴力を振るうようなタイプとか酒で身を崩すとかそういうのじゃないんだけど――何だろう、多分、他人を同じ人間だと思ってないんだろうな」どう表現すれば伝わるか、とでも思っているような少しだけ困惑を交えた声色で彼は実の父親であるらしいその男を評する。東京で暮らすその男は、時折彼――もしくは彼の母親の元を訪れては愉しそうにその場を掻き乱して行くらしい。舞島が父さんと呼ぶ彼女の夫もまた、それを災害か何かとしてやり過ごしていたというのだから、全くもって理解出来ない世界であった。眉根を寄せながらそれを聞いていた俺の表情に、彼は眉を下げて謝罪の言葉を口にする。その言葉の意味を捉え損ねた俺が首を傾げれば「気持ちいい話じゃなかっただろ」と困ったように笑みを浮かべながらも、謝罪の言葉に至った理由を告げる。 「びっくりはしたけど――ごめん、ちょっと嬉しい」

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