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少しだけ、未来の話を(2)
素直に今の感情を口にした俺に、彼は不思議そうに首を傾げる。言葉にされなかった疑問に答えるように、俺は言葉を繋げて行くのだ。「こういう事情に対して、嬉しいっていうのはちょっとおかしいけど――それを教えて貰えた事が、嬉しかった」出来るだけ丁寧にその感情の理由を口にすれば、舞島は少しだけ安心したように笑みを浮かべて「それなら、よかった」と息を吐く。きっと、彼はそれを自らの口から他者へと伝えた事は無かったのだろう。舞島が持っている異質さの理由に、少しだけ触れたような気がした。今までの話を終わらせるように、軽い調子で「だから東京で働くとなるとあの男の猛襲が来そうでな。スルーしたりこっちが向こうを利用する分には害はないんだけど――基本的にクソうざい」と肩を竦める。実の父親に対して使われる言葉では無いような気もするが、その男が彼とその家族やってきた結果がそれなのだろう。「っていうか利用って」なんてこちらも雑談の要領で軽い突っ込みを口にすれば「就活の時の宿代わりとか、小遣いせびるとか?」と彼は笑う。そうして思い出したように「あ、」と声を漏らした。「もし東京行くとなったら、最初はアイツの家に住まないと多分すげぇ煩い」とてつもなく嫌そうに、渋面を浮かべながら彼が続けて口にした言葉は、恐らく以前俺が言った一緒に住もうという言葉に掛かっている。彼は東京で就活をする時にはその男の家を常宿としていたのだろう。その事実に少しの嫉妬と、そうしてまで東京での就活を進めてくれた事に対しての嬉しさが混ざり合う。そんな感情に蓋をした俺は、懐の広い恋人の顔をして「その親父さんの気が済んだら一緒に住めばいいじゃん」と口から出していた。実際には全然余裕のない俺は、少しでも余裕のある顔を彼に見せたかったのだ。「まぁ、三ヶ月位で飽きるとは思うんだけどな。そっちの方がお互いの生活ペースもわかって良いのか?」なんて首を傾げながらも頷いた彼は「まだ、どうするかは決めてないけどな」と俺に釘を刺すように言葉を重ねる。その言葉の後で、卒業後の計画を具体的に口にする事が憚られた俺は、もう少しだけ近い未来の事を口にする。「じゃぁ、卒業旅行ってどうする?」数ヶ月後の未来を口にすることくらいは許してほしいなんて思いながらも、俺は彼へと問いかける。その問いは「気が早いな」と笑った舞島によって受け入れられて。「でもさ、俺も舞島もとりあえずは決まったんだし、今から計画立てとけば旅行資金も貯めれるじゃん」言い訳のように口から出て行く言葉に、彼は少しだけ笑って「それもそうか」と頷いてくれた。
「……二人で、良いんだよな?」
頷いた後、確かめるように口にされた舞島の言葉に「勿論じゃん」と俺は大きく頷いて。学内で仲のいい友人は他にも居るけれど、彼らと一緒に旅行となれば舞島と大手を振っていちゃつけやしない。「なら、海外がいいかな」独り言のように溢された彼の言葉に、きっと俺の瞳は輝いていた。「俺も行きたい!」小さな子供のように思わず上げてしまった俺の声に、小さく笑った舞島は、「じゃぁ、とりあえずパスポート取らないと」と頷く。「何処がいいかな、やっぱりアメリカ? それともヨーロッパ?」旅番組でしか見た事がない異国の風景を思い描きながら、楽しくなってきた俺は彼へと言葉を投げる。きっと、そのどちらでも舞島の姿はその風景に映えるのだろうと思いながら。そんな俺の言葉に、彼は悩むように小さく唸りながら小さな独り言を零していく。「ドイツ辺りなら、母親の知り合いが居るらしいけど……それもなぁ……」碓氷は? と俺へ向けられた問いかけに、俺もその答えを決めかねていた。――隣に彼が居るのなら、俺は何処だってよかったから。答えを出せずにいた俺に、柔らかく笑みを浮かべた彼は「じゃぁ、海外って事でお互いパスポート取って金貯めとく感じにして、場所は追々決めようぜ」と答えを保留にする事を提案する。その答えに俺は頷いて彼へ宣誓するようにその決意を口にした。
「バイト増やすわ」
「それは俺もだな」
まっすぐに告げた俺の言葉に、同じような決意をしたような舞島は頷いて。しょうもない宣言を真面目な顔で交わした俺たちは、おかしくなって顔を見合わせて笑い合う。お互いに下着だけ履いているような格好もつかない状況で笑いの発作に襲われた俺たちは、ただただ楽しくて。俺は隣に座る彼へと抱き付いていた。「――っと、」小さく声を漏らして勢いよく抱きついた俺を受け止めた舞島は、小さく俺の唇を啄んで笑みを浮かべる。そんな彼の仕草はどこか可愛らしくて。俺は彼に回した腕に力を込める。
「直人」
「なんだよ洋哉」
「大好き」
「うん」
「――楽しい旅行にしような」
「そうだな」
短い言葉を交わしあいながら、じゃれあうように俺たちはそのままベッドに倒れ込む。戯れみたいなキスをして、俺たちはそのまま布団の中へと潜り込む。俺が片手を伸ばすだけで届いたベッドサイドの照明は、軽いプラスチックの音を一つだけ立てて、部屋の中に夜を招いてくれた。――そうして俺たちは、互いの体温を抱きしめ合って眠りへと就いたのだ。
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