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拝啓、北国より(1)

 雪に閉ざされた季節は長く、それでも俺たちは慌ただしい日々を過ごしていた。すっかり申請しに行く事を忘れてたパスポートを取得して互いの証明写真を指差して笑ったり、七日間の旅へ向かうためのチケットを手に入れたり、その資金を稼いだり、卒論を終わらせたり――何度も身体を重ねたり。そうやって日々を駆け抜けた俺たちは今、異国の地へと降り立った。 「長かった……」  朝に飛行機へと乗り込んで、乗り継ぎを重ねて辿り着いたキッティラは夜の闇へと沈んでいて。ホテルに荷物を放り込んだ俺たちは、部屋で腰を下ろす事もせずに夜の中へと駆け込んだ。この時期は曇る事も多いというこの国の空では星が輝いていて。そんな夜の空の下「ずっと飛行機だったもんな」と俺の言葉に同意する彼は、三脚を組み立てていた。 「写真撮れるの?」  三脚とカメラをセットする舞島に疑問を投げた俺へ、彼は「多分」という何とも頼りない言葉で返す。曰く、母親から貸してもらった彼のカメラは星空を撮れる程度のスペックは持っているが彼自身は星空を撮った事がないと。「割と無謀な事するなぁ」思わず笑って口にした俺に、「まぁ、挑戦だけはしとかないと、こんな重い鉄の塊持ってきて使わなかったら勿体ないだろ」なんて少しだけ不本意そうに言葉を返した。北極圏にも程近い北欧の街は、少し暗い場所に行けばオーロラを見る事が出来るらしい。気温的にも北国育ちの俺たちが苦にするようなものではなくて。「オーロラって、もっとこう、厳しいとこじゃないと見れないものかと思ってた」俺の言葉に「確率が高まるのはアラスカとかそっちの方らしいけど、そっちはツアーじゃなきゃ厳しいだろ」となんて事もないように舞島は口にする。その言葉の合間に、シャッター音が小さく響いた。小さい画面だと、撮れてるか分からないな。なんて独り言みたいな小さな言葉を溢しながら、暗い画面に小さな点が見えるそれを見つめていた彼は「ツアーだったら、他の日本人も多いだろうし――二人でのんびりした方が楽じゃん。いろいろ」と、カメラの画面を見つめたままで口にした。ふわり、と薄い緑の帯が空を過ぎる。「――あ、」俺と彼の 声が重なった。 「見た?」 「見た!」  薄く淡い光の帯に、俺たちは言葉を交わす。珍しく興奮に声を弾ませた舞島に、「初めて見たよ、俺」なんて当たり前の事を口にすれば「俺だって」と彼は笑う。「本当に見えるんだ」ポツリと溢した彼の言葉に「オーロラ、見にきたんじゃん」と俺も笑みを零していた。「せっかくなら、アレも見たいよな。爆発」舞島の言葉に、俺は「ばくはつ?」と首を傾げる。そんな俺に、「そう、爆発」と返した彼は、その意味を重ねて告げる。「爆発的にオーロラが発生する事があるんだと。年に何度かしか見れないらしいけど――オーロラ爆発、見てみたいよな」その言葉に、俺はその光景を想像する。北欧の夜に広がる光のカーテンと、その下でそれを見つめる俺たち二人。それはとても幻想的な光景で。――きっと、ロマンチックだろう。なんて、少しだけ女々しい 感想を抱いて。「それは――直人と見てみたいな」俺が零した小さな言葉に、彼は「俺も、洋哉と見てみたいよ」と口にして、ゆっくりと俺を見つめて 微笑んだ。「――ま、本番は明日のオーロラハンティングだな。ちょっとは見れたし、明日に備えて夕飯調達してさっさと寝ようぜ」照れ隠しみたいに、ニッと笑みを浮かべた彼は、三脚をカシャカシャと鳴らせながら広げたカメラを仕舞っていく。空には相変わらず、薄い光のカーテンが輝いていた。  フィンランドで迎えた初めての朝は、清々しいものだった。 朝食を済ませて身支度を整え出た外は、ピンと凍てついた空気に満たされていて。欠伸まじりで隣に立つ舞島は「今日はどうする?」と笑っている。この旅が始まってから、少しだけ浮かれているように楽しげな舞島は時折少しだけ遠くを見詰めるような視点の合わない瞳で空を見ていた。彼の瞳の意味を考える事が怖くて、俺は「アクティビティ、何があるんだっけ」と彼へ問う。そんな俺の言葉に「スキーとか?」と彼は首を傾げる。その言葉に俺は眉を下げてしまった。 「スキーって、小学生の頃に家族と行ったくらいしか経験ないよ」 「学校でやらないのか? 俺は高校までスキー学習あったけど」  あまり得意ではないそれに俺が苦笑を零せば、彼は不思議そうに首を傾げる。「俺のトコはスケートだったんだよ、道民皆がスキー出来ると思うなって」俺の言葉に成程、と頷いた彼は「じゃぁ、夜のオーロラまでのんびりするとするか」なんて背を伸ばしながら口にする。「お前、スキーなんかさせた日にゃ筋肉痛で動けなくなりそうだし」揶揄うような口調で重ねた彼に「舞島の運動神経を誰しもが持つと思うなよ」と少し不貞腐れたように言葉を返す。この四年近い付き合いの中で、彼の運動神経の良さは嫌と言うほど見てきた。元々幼少期から武道をしていたのを知ったのはこう言う関係になってからだったけれど、同期に頼み込まれて幾つかの試合に引っ張り込まれた彼が大抵のスポーツで活躍していたのを俺は知っていたし、俺はそれら全般があまり得意ではなかったのだ。身体を動かすのはそこそこに好きらしい舞島は、それでも俺に合わせてのんびりしようという提案を口にしてくれて。そういう些細な気遣いをしてくれる舞島を、俺は一目惚れしたあの頃よりもずっと、好きになっていた。「あーもう、舞島のそういうとこ。ホント好き」口から溢れた俺の言葉に、彼は一瞬苦しそうに瞳を細める。しかし、その表情は一瞬のもので。見間違えかと思ったくらいに綺麗な笑みを浮かべた彼は「――そりゃ、光栄」と柔らかに微笑んでいた。彼は、首から下げたカメラをこちらに向けて、瞬間的にシャッターを切る。「せっかくこんな重いもん持ってきたんだ、使わなきゃ損だろう」そんな言い訳みたいな言葉を口にして笑う彼の持つレンズは俺を捉える。「俺ばっかり撮るなよなぁ! 俺も撮らせろ!」何だか楽しくなってきた俺は、少し古くゴツいカメラを構える舞島へとスマートフォンのレンズを向けたのだ。

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