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拝啓、北国より(2)

 互いの事をバカみたいに撮りあって、町の中をふらふらと散策する。自然豊かなリゾート地に市街地みたいな所はあまりなくて。スキー場の近くにある土産物屋やホテルが立ち並ぶ地域を宛もなく歩くのだ。「流石に寒いなぁ」だとか、「いやでも我慢できない程ではないか」なんて言葉を交わしながら歩いた先で見つけたカフェで、温かい飲み物を調達する。暖房が完備された暖かい室内ではなく、店先のテラス席に腰を下ろしたのは舞島がタバコを吸いたそうにしてたから。 「お前は別に吸わないんだから、中で暖まってりゃいいのに」  不思議そうにそう口にして、白い紙包装の中から一本それを唇に挟んだ彼は、俺の贈ったジッポーで先端に火を灯す。そんな彼の慣れた動作を見つめながら、俺は「いいよ、寒いよりも舞島と居たいし」なんて笑って見せる。俺の言葉に「……恥ずかしいヤツ」と呟いた彼は、頬を緩ませっぱなしの俺から視線を外す。彼が吸う少し甘く、少し焦げたタバコの匂いがピンと張った冷たい冬の香りとコーヒーの匂いに混ざり合っていた。「そういうとこ、好きなんだけどさ」ポツリと零した彼の言葉は、恐らく独り言で。照れ隠しのように視線を外しても、そう口にしてくれる舞島の事がどうしようもなく好きだった。そんな彼の言葉に小さく笑い声を漏らしてしまった俺に、彼は怪訝そうな視線を送る。その視線に応えるように「俺って愛されてるなぁって思って?」と口に出せば、舞島は無意識に口から零れていたのだろう独り言が俺に伝わっている事に気づいたのか、驚いたように目を開いてから頬を朱く染める。きっとそれは、冬の寒さだけではないだろう。普段は淡々とした彼が、そうやって肌を染めるのを見るのが俺は好きだった――その染まった赤味の分だけ、俺に対して感情を動かしてくれている事がわかるからだ。マイナス十度という気温で急速に冷めていくコーヒーを一気に喉へと流し込んだ俺は、「やっぱ寒い、ホテル戻ろう」と彼に告げる。「あぁ」俺の言葉に頷いた舞島も、タバコを灰皿へと押し付けてすっかり冷めてしまったコーヒーを呷った。「あ、でもその前に昼飯と夕飯、調達しとこうぜ」海外行ったらスーパー行っとけって母親が言ってた。なんて言葉を重ねた彼に俺は同意して。 「っていうか、舞島のお母さんって一体何者?」 「ろくでもない大人だよ。でも、悪い訳じゃない――あと、妙に旅慣れしてんだよ。中国に留学してたり、新卒で入った会社辞めた後一人でヨーロッパふらふらしてたらしくて。何で父さんと結婚したのかが謎」  彼の家族の話を聞く度思っていたその言葉を、思わず口から零した俺に舞島は笑って答えてくれた。ろくでもないけど、悪くはない大人。その言葉に彼の母親への信頼が透けて見えた気がした。――彼は、その母親へ、俺たちの関係を口にしているのだろうか。ふと過ったその思いは、きっとしていないという答えを俺に突きつける。この関係をあまり口に出さないようにしようと言ったのは、俺だったから。そうして俺たちは、地元のスーパーらしき食品店で二食分の食料を調達してホテルに戻ったのだ。  俺たちのオーロラを見る旅は、この時ばかりはプロの手に委ねられる。日が暮れて数時間、辺りが夜の闇に包まれた頃に集まった人々はガイドが運転する車に乗り合ってオーロラを探す旅に向かう。車内ではこの国の事がガイドによって紹介されながら、オーロラが見える地点を探すように車は雪道を駆けていく。空には月と星が輝いていた。「――今日も晴れてんな」窓の外を観ながらオーロラへの期待からか、楽しげな様子で言葉を漏らす舞島に、「今日も見れるかな」と俺も言葉を返すのだ。そんな他愛もない会話をガイドの邪魔にならないような小さな声で続けていれば、車はゆっくりとその速度を止めた。この場所が観測場所になるらしい。雲に遮られる事なく太陽の熱が去っていったその場所は、キンと冷え切っていて。「寒っ」思わず零した俺の言葉に「これだけ晴れてりゃな」なんて舞島は笑う。白い息を吐き出しながら、ホテルで借りた気合の入った防寒着を着た俺たちは星が輝く空を見つめていた。暗い闇に目を凝らしながら、見知った星の並びを教えてくれていた舞島は「あ、」と小さな声を漏らす。昨夜よりも太く、鮮やかに見えたその光に俺達の周りでも歓声が上がっていた。あちこちでカメラのシャッターが切る音が聞こえて、ガイドが写真を撮ってあげると声を掛けてくれる。 「折角だし、撮ろうよ」  俺の言葉に頷いた彼は、ガイドが用意していたカメラの前で少し悩んでから手袋を履かない代わりにポケットに入れ続けていた手を俺の肩に掛ける。恐らく、友人同士に見える距離を考えたのだろう。そんな律儀な彼の肩に俺も手を掛けて、俺たちは親友同士だという顔をして肩を組んでレンズの前で笑みを浮かべた。カシャ、という機械音が届くのと同時に、周りの騒めきが大きくなる。俺たちの耳にも「ブレイクアップ!」という言葉が届いた。「――爆発」ポツリとそう口にした舞島は、すぐに天へと視線を上げる。写真を撮ってくれたガイドはもうそこには居なかった。彼の視線に引きずられるように俺も空へと視線を向ければ、そこには幾重にも連なった光のカーテンが空を埋めていて。俺の口からは「すげぇ」という言葉だけが零れ落ちた。互いに手袋を履いていなかった指先がそっと触れるのを感じながら、俺たちは間抜けみたいに空を見つめる。言葉なんて、いらなかった。触れ合った指先がするりと絡み合い、俺は二人分の掌を俺の着る防寒着のポケットへと招き入れる。人混みからは少し離れた場所で、俺たちは並んで幻想的な自然現象をその目に焼き付けていた。ポケットの中で、相手の掌に宿る熱を感じながら。  爆発的な光のショーを見詰めていた俺たちは、それが終わっても互いの手を離さずにいて。互いの体温を求めるように繋げた指先はきつく握り合わされる。きっと、周りに誰もいなければ、そのまま口付けを交わしていただろう。言葉にせずとも互いに求め合っている事がわかるその熱を感じていれば、今夜の予定の終わりを告げる言葉が聞こえる。車に乗り込んでも、見えないように手を繋ぎ合っていた俺たちは、ホテルの部屋に駆け込んで防寒着を脱ぐ事も出来ずに深い口付けを交わしていた。 「んっ――、直人っ」 「洋哉、ふ、――っ」  口付けの合間に名を呼びながら上着を脱いでいった俺たちは、脱ぎ捨てた服もそのままに――ベッドまでの距離を移動することすら焦れきって、ドアのすぐ横で互いの口腔を弄っていた。壁に背を貼り付けたまま、俺の口付けを甘受する舞島の瞳はすでに溶け始めていて――俺も似たようなものだろう。「洋哉、シたい」俺の頬に彼の冷たい指先が触れるのを感じた。するりと撫でられた俺の頰は、冷たい掌に閉じ込められて。彼の唇が俺のものを啄んでいく。焦れた中で彼から与えられる口付けは、俺を誘い焦らすようにひどくゆっくりとしたもので。次第に深まるそれは、彼の欲を見せられているようだった。「ふっ、――ぅ、んっ」挿し入れられた彼に、俺は舌を絡ませて。彼の舌の裏を舐め上げる。彼自身のそれにも与えるような動きを模した俺の行為に、彼の指は力を増していった。頰に食い込んでいく彼の細く力強い指を感じながら、何度も味わったタバコの苦味が残る口腔を犯していった俺の中心を擦り上げるように、彼の腿が当たる。 「――っは、勃ってる」  愉しげにそう言葉を零した彼の中心の指を向ければ、俺と同じように兆しを見せていた彼のものを感じる。「直人だって」布越しに感じる熱を指先で撫であげれば彼の腰が揺れる。「もういい、はやく」焦れたように強請る彼に、俺は彼のジーンズのボタンを外してその場所だけを出すように中途半端に布を下げていく。その行為の意味を理解したのだろう彼は、するりと俺へ背を向けて自身の双丘を割り開くように片手でその場所を外気へと晒した。「――くれよ」双丘の奥に潜む、彼によって開かれたその場所に俺は指を挿し入れる。ひくりと蠢くその入り口を撫で、すぐに中へと潜り込ませれば、熱くうねる肉襞が俺を迎え入れてくれた。ひどく熱く感じるのは、きっと俺の指先が冷えているからだろう。その冷たさに高い声を上げる彼のシャツの中へともう片方の手を滑りこませながら、いつもよりも乱雑に彼の中を広げた俺は自分のジーンズを寛げて早く彼の中へと入りたいと涙を零す俺自身を彼の後孔の入り口へと押しつける。入りそうで入らない、それくらいの強さで彼に教えたその存在に、舞島は小さく嬉しげな声を上げる。「――っぁ」彼の胸の飾りを弾きながら、「挿れるよ」と耳元で囁けば、彼は「はやく」と言葉を返した。壁にしがみつきながら俺のものを受け容れる彼の身体は、少しくらい雑な広げ方であっても問題ないとでもいうように俺を呑み込めるようになっていた。俺の形に作り替えられた舞島の熱さを感じながら、俺はその奥を目指すように腰を舞島ごと壁へと押しつける「っあ、ふか……っ」上がった声に、俺のものが硬さを増して。壁に爪を立ててその身の快感を逃そうとする舞島へと俺は囁く。 「――がまん出来ない」  俺の言葉に、彼の中は俺を締め上げた。そんな彼の動きに息を吐き出した俺へ、彼は首だけで俺の方へと振り返って蕩け切った瞳をゆっくりと細めて形のいい唇をゆっくりと笑みの形へと引き伸ばした。 「――いいよ、」  艶然とした笑みを浮かべながら、それだけを口にした彼の中は俺を締め上げるように蠕いて。自身の快感だけを追うように烈しく繰り返される俺の抽送に、彼は艶かしく腰を逸らせていた。

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